今年の米国株式市場の2大投資テーマは、AI半導体と肥満治療薬と言われます。今回はその1つである、肥満治療薬業界の動きについて、イーライリリィとノボノルディスクを中心にアップデートいたします。
図表1 言及銘柄
銘柄 | 株価(7/9) | 52週高値 | 52週安値 |
---|---|---|---|
イーライ リリィ(LLY) | 932.50ドル | 935.00ドル | 434.34ドル |
ノボノルディスク ADR(NVO) | 140.43ドル | 148.15ドル | 75.56ドル |
アムジェン(AMGN) | 315.91ドル | 329.72ドル | 218.61ドル |
ファイザー(PFE) | 27.72ドル | 37.80ドル | 25.20ドル |
アストラゼネカ ADR(AZN) | 76.67ドル | 80.86ドル | 60.47ドル |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
肥満治療薬に関しては、過去1年半余りに外国株式特集レポートで以下のように取り上げてきました。今回は前回レポートの4/17(水)以降の動きについてご報告いたします。
(1)2022年12月14日付「需要“爆発”前夜!?肥満治療薬市場」
(2)2023年5月31日付「糖尿病治療薬、肥満治療薬、アルツハイマー病治療薬で成長期待のイーライリリィ」
(3)2023年10月4日付「期待高まる肥満治療薬!!市場はどこまで大きくなる!?」
(4)2023年11月29日付『個人的にも知りたい!?世間で良く効くと話題の「肥満治療薬」を整理』
(5)2024年4月17日付『米国株2大投資テーマの1つ「肥満治療薬」の動きをアップデート』
〇最近の株価動向
過去3ヵ月の株価は、イーライリリィが18.1%上昇、ノボノルディスクが12.2%上昇で、S&P500指数の7.1%上昇を大きく上回って好調でした(7/8(月)時点)。イーライリリィは4/30(火)、ノボノルディスクは5/2(木)に発表した1-3月期決算が両社とも市場予想を上回って好調だったことが背景にあります。
一方、7/2(火)には、バイデン大統領が両社の肥満治療薬価格の引き下げを要求する記事を新聞に寄稿したことから、相場全体が大きく上昇した同日に両銘柄とも下落となって不振が目立ちました。しかし、その後に同下落は回復して、いまのところ大事には至ってはいません。
大統領選挙を控えて世間で話題となっている肥満治療薬によって有権者にアピールしようとしたとみられますが、アナリストからは効能の高さを考えると薬価が高すぎるとは思われないとのコメントがでていました。ただ、過去の大統領選挙でも医薬品の価格は標的になってきた歴史があるため、接戦となって有権者へのアピール材料が探される場合は注意が必要でしょう。
また、ノボノルディスクには、以下に述べるように副作用に関する報道が出ています。これを受けてノボノルディスクの直近株価は上値が重くなっており、逆にイーライリリィにポジティブに作用する可能性がありそうです。とくに7/9(火)の株価は、イーライリリィが前日比+1.6%、ノボノルディスクが同-1.9%と明確な乖離がみられました。
〇最近の関連ニュース
【イーライリリィ、ノボノルディスク両社に関係のあるニュース】
7月2日 バイデン大統領が肥満治療薬に値下げを要求 ⇒ 両社にネガティブ
バイデン大統領はサンダース上院議員と連名でノボノルディスクとイーライリリィが提供する肥満治療薬についてUSAトゥデー紙に寄稿、両社が他国での販売価格を上回る「法外に高い価格」を請求していると主張。その上で「製薬会社が米国での処方薬価格を大幅に引き下げることなく、貪欲さを維持するなら、われわれは全力を尽くしてそれを終わらせる」と述べました。
5月2日 アムジェンCEOが肥満治療薬に自信 ⇒ 両社にネガティブ
1-3月期決算発表の電話会議において、ロバート・ブラッドウェイCEOが、開発中の肥満症薬「マリタイド」の治験について「非常に心強い」早期結果が出ていると発言しました。アムジェンは、先行2社の製品よりも少ない、月1回の注射で減量効果が出る薬の開発を進めています。ただし、製品として提供できるのは「10年以内には十分可能としており」、かなり先とみられます。
【イーライリリィ】
7月2日 アルツハイマー治療薬の承認 ⇒ ポジティブ
アルツハイマー病治療薬「Kisunla」(一般名:ドナネマブ)が米食品医薬品局(FDA)によって承認されました。第3相臨床試験では、認知能力の低下を35%引き下げる効果がありました。エーザイとバイオジェンによる「レケンビ」(一般名:レカネマブ)の競合薬となります。
6月21日 肥満薬、睡眠時無呼吸症候群にも効果 ⇒ ポジティブ
肥満症治療薬「ゼップバウンド」(一般名:チルセパチド)について、2つの後期臨床試験で中等度から重度の閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)症候群患者の最大52%で症状の解消に効果があることが示されたと発表しました。
5月21日 製造工場への投資を増額 ⇒ ポジティブ
チルセパチド他の医薬品を製造するインディアナ工場への投資額を従来の37億ドルから90億ドルに増額すると発表しました。同社の糖尿病治療薬・肥満治療薬のチルセパチドは、長らく需要が供給を上回っており、薬の生産能力が売上拡大の制約になっているため、生産拡大投資は重要です。
【ノボノルディスク】
6月24日 米国工場に41億ドルの投資 ⇒ ポジティブ
製品需要の拡大を受けて米国の製造設備に41億ドルの投資を発表しました。ノースカロライナ州で注射剤の製造設備を拡張する計画です。2024年の投資額は68億ドルが計画されており、2023年の39億ドルから大幅に増やしています。
7月3日 失明の恐れがある眼病と関連の可能性 ⇒ ノボノルディスクにネガティブ、イーライリリィにポジティブ
肥満症治療薬「ウゴービ」と糖尿病治療薬「オゼンピック」と「リベルサス」(いずれの有効成分もセマグルチド)を服用している患者は、失明の恐れがある眼疾患に罹患するリスクが高まる可能性があると、医学誌に掲載された研究で明らかになりました。
同研究では、セマグルチドを服用する患者は非動脈炎性虚血性視神経症(NAION)の発症率が8.9%と、セマグルチドを含む「GLP-1受容体作動薬」以外の糖尿病薬を服用する患者の1.8%を大きく上回ったという結果が出ています。
図表2 イーライリリィとノボノルディスクの株価

注:最後のデータは7/8(月)です。
※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
肥満治療薬市場成長の基本的ストーリーをまとめました。
〇2030年に800億ドルの巨大市場へ
肥満治療薬の市場はBloombergの調査部門ビジネス・インテリジェンスによると、2022年の25億ドルから2030年に800億ドル(約12兆円)の巨大市場になると予想されています。この市場の9割以上をイーライリリィとノボノルディスクが分け合うと見込まれていることから、両社に市場の注目が集まっています。
これには両社が糖尿病治療のためのインシュリン製造で創業した会社であり、いまでも糖尿病治療薬が主力分野となっているという、歴史的な経緯が関係しています。
一方、このような巨大市場に向けて、
アムジェン(AMGN)、ファイザー(PFE)、アストラゼネカ ADR(AZN)なども参入に向けて新薬の開発を進めています。特に経口薬で効果が高いものが開発されると先行するイーライリリィ、ノボノルディスクの手ごわい競合となる可能性があるため、注意してみていく必要があるでしょう。
〇巨大市場に向けて克服すべき課題
上記の800億ドルの巨大市場は自動的に達成されるわけではなく、先行する両社が克服すべき課題をクリアした場合に実現すると考えられます。というのは、現在のところ一般的には肥満は「治療すべき病気」と捉えられておらず、医療保険適用がされないケースが多いためです。
市場拡大の課題は、政府の医療保険プログラムや民間保険会社で、どこまで対象になるかにかかっていると言えます。このためノボ ノルディスクやイーライリリィは、肥満を解消することで、肥満が原因でなるとされる疾病(心臓病、脳卒中、肝臓病、高血圧など)を減らすことができることを証明するための臨床試験を進めています。市場拡大の程度は、その効果次第ということになりそうです。
このため株式市場では、「2030年の800億ドル」を一気に織り込むわけではなく、両社の薬の適応範囲の拡大を確認しながら織り込んでいくと考えられます。適応範囲の拡大につながる臨床試験の結果にはポジティブに反応し、反対に期待に沿わない臨床試験結果にはネガティブに反応することで相場を形成していくと見込まれます。
〇肥満治療薬と糖尿病治療薬の関係
肥満治療薬のニュースをみますと、イーライリリィの「糖尿病治療薬・肥満治療薬のセマグルチド」というような書かれ方をしますが、この表現について解説します。
肥満治療薬は、まず新世代の糖尿病治療薬として開発され、一般的には「GLP-1受容体作動薬」と呼ばれます。「GLP-1」という小腸から分泌されるホルモンの作用を人工的に応用するもので、糖尿病治療薬として利用されるようになりました。
一方、その後にこの薬が脳内の中枢神経に直接作用して食欲を抑える働きがあることが知られるようになり、これを利用して肥満治療薬として利用されるようになりました。
「糖尿病治療薬・肥満治療薬のセマグルチド」という表現は、イーライリリィが開発した「GLP-1受容体作動薬」の「セマグルチド」(物質名)が糖尿病治療薬としても、肥満治療薬としても使われているという意味になります。
さらに、このような表現がされるのは、肥満治療薬の需要が非常に大きく供給が追い付いていないことから、有効成分が同じである糖尿病治療薬として開発された「マンジャロ」を肥満対策に使うことが行われていると言われていることも関係しているでしょう。
つまり、糖尿病治療薬として販売されたものの一部が、実際には肥満治療の目的で使用されていると言われています。医薬品を提供する会社からは、目的外の使用を諫める注意が発せられており、それほど肥満治療薬の潜在需要が強いということでしょう。
図表3は、イーライリリィとノボノルディスクの「GLP-1受容体作動薬」の一般名と糖尿病治療薬と肥満治療薬の商品名の関係を明らかにしたものです。「GLP-1受容体作動薬」には、従来型のものと効果が高い最新型のものがあり、現在徐々に切り替わっています。
図表3 ノボノルディスクとイーライリリィの「GLP-1受容体作動薬」

※各種報道をもとにSBI証券が作成
イーライ リリィ(LLY) | 時価総額: 8,725億ドル | ||||
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決算期 | 売上高(百万ドル) (前年比) | 純利益(百万ドル) (前年比) | EPS(ドル) | ||
23.12 | 341 | 20% | 83 | 21% | 9.15 |
24.12予 | 430 | 26% | 124 | 50% | 13.72 |
25.12予 | 529 | 23% | 174 | 41% | 19.14 |
26.12予 | 629 | 19% | 228 | 30% | 25.37 |
株価(7/8): 918.00ドル | 予想PER(24.12期): 66.9倍 |
※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
〇会社・事業概要
1876年創業の米国の医薬品大手です。インスリンの大量生産を初めて実現したことで有名で、ノボノルディスク同様に糖尿病と関係の深い会社です。糖尿病、がん、免疫が主力分野で、売上の25%を研究開発に投入する研究開発重視の会社です。2023年12月期の売上構成比は、糖尿病治療薬が58%(うち、最新型の「マンジャロ」は15%ポイントを占めます)、がん治療薬が20%、免疫学治療薬が11%、神経学治療薬が8%、その他が3%です。
〇業績動向
1-3月期は最新型の糖尿病治療薬マンジャロや肥満治療薬のゼップバウンドがけん引して、売上が前年同期比26%増(数量が同16%増、価格が同10%増)、調整後EPSは同59%増と好調でした。医薬品の生産能力が売上拡大の制約になっていることから設備拡張を進めていますが(米国で2拠点の設備拡張、ドイツで製造拠点の建設)、生産能力拡張の目途がたったことを受けて、2024年12月期の売上ガイダンスを424〜436億ドルへ20億ドル引き上げました。4-6月期決算発表は8/8(木)の予定です。
ノボノルディスク ADR(NVO) | 時価総額: 6,388億ドル | ||||
---|---|---|---|---|---|
決算期 | 売上高(百万ドル) (前年比) | 純利益(百万ドル) (前年比) | EPS(ドル) | ||
23.12 | 337 | 35% | 124 | 56% | 2.76 |
24.12予 | 423 | 26% | 153 | 23% | 3.42 |
25.12予 | 510 | 20% | 188 | 23% | 4.19 |
26.12予 | 598 | 17% | 223 | 19% | 5.04 |
株価(7/8): 143.07ドル | 予想PER(24.12期): 42.8倍 |
注:デンマーク・クローネ建ての数値を米ドルに換算(1DKK=0.1451USD)して表示しています。
※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
〇会社・事業概要
デンマークの医薬品大手で、米国市場にはADRで上場しています。1989年にインシュリンメーカー2社の合併で形成されました。糖尿病治療薬が主力で、他に肥満治療、希少疾患も手掛けています。2023年12月期の売上構成比は、糖尿病治療薬が75%(うち、「GLP-1受容体作動薬」53%ポイント、最新型の「オゼンピック」が41%ポイントを占めます)、肥満治療薬が18%(うち、最新型の「ウゴービ」が14%ポイントを占めます)、希少疾患治療薬が7%です。
〇業績動向
1-3月決算は、売上が前年同期比22%増、EPSが同29%増と好調でした。売上増をけん引したのは、前年同期比30%増となった「GLP-1」型の糖尿病治療薬、同41%増の肥満治療薬、地域別には同34%増となった北米です。2024年のガイダンスは、売上が前年比19〜27%増、営業利益は同22〜30%増です(いずれも為替変動の影響を除くベース)。4-6月期決算発表は8/7(水)の予定です。
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