株式市場でも昨年あたりから話題になる「量子コンピューター」ですが、これを材料に株価が動いた例はまだあまりないように思います。一方、量子コンピューターの一種である「量子アニーリング」は、適用範囲は限られるものの実用段階に達しています。これまで複雑過ぎて解決を諦めていた問題が解けたり、AIやIoTなどの普及で大量のデータを扱うようになると重要性が増す可能性もあり、注目できるでしょう。
図表1:関連企業
銘柄 | 株価(2/5) | 52週高値 | 52週安値 |
---|---|---|---|
インターナショナル ビジネス マシーンズ(IBM) | 135.55ドル | 162.11ドル | 105.94ドル |
アルファベット A(GOOGL) | 1151.87ドル | 1291.44ドル | 977.66ドル |
ロッキード マーチン(LMT) | 299.46ドル | 363.00ドル | 241.18ドル |
ピボタル ソフトウェア A(PVTL) | 19.69ドル | 31.24ドル | 14.43ドル |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
量子とは
「量子」は物質を構成する原子や原子を構成する電子、中性子、陽子など物質の最小単位を指します。
量子の世界はナノサイズ(1mの10億分の1)あるいはそれよりも小さな世界で、このような極めて小さい世界では私たちの身の回りにある物理法則(ニュートン力学や電磁気学)に沿わない現象が観察され、「量子力学」として研究対象となっています。
量子的な粒子の特別な振る舞いには、(1)2つの異なる物理的状態を同時に取ることができたり(「0」の状態と「1」の状態を「重ね合わせ」ることができる)、(2)量子同士がお互いに影響しあったりする(「量子もつれ(エンタングルメント)」)ことがあり、このような性質を計算に利用しようというのが量子コンピューターです。
量子コンピューターとは
量子コンピューターに関するIBMのWEBサイトから説明を引用すると、
『量子力学の原理を使ったまったく新しいタイプのコンピューターです。現在のコンピューターで使われている最小の情報単位は、1か0のどちらかを表す「ビット」ですが、量子コンピューターで使われるのは、同時に1と0の両方であり得る「量子ビット」です。
例えば、量子ビットが2つある場合、以下の4つの状態の重ね合わせを表現できます。
(0,0), (0,1), (1,0), (1,1)
量子ビットの数が増えると、重ね合わせとして保持できる状態はexponential(指数関数的)に増えるので、1量子ビットの場合と比べて10量子ビットの場合は約1,000倍、50量子ビットの場合は1,125兆倍にもなります。量子コンピューターは重ね合わせの状態に対する計算が可能なので、従来のコンピューターよりも高い並列計算能力をもつ可能性を秘めていると言えます。』
つまり、結果が0にも1にも成り得る量子ビットを使うことで、従来のコンピューターでは扱うことのできなかった高度に複雑な問題にも対応できる可能性があるため(図表2)、過去20年にわたり研究が続けられています。
量子コンピューターはここまできた!?
世の中で量子コンピューターと呼ばれているものは、「ゲート型」と「量子アニーリング型」に分かれます。ゲート型は従来のコンピューターと同様に、量子的な性質をもつ論理ゲート作り、従来のコンピューターができる計算を全てこなすことを目指しています。
ただ、量子の性質を利用した論理ゲートは出来ているものの、これを集積するのが難しいとわかってきました。量子的な振る舞いはデバイスを大きくすると失われて通常の物理法則に従うようになり、しかも、いまのところなぜそうなるのかわかっていないためです。
この問題を回避するため小規模な量子コンピューターのモジュールをたくさんつなぎ合わせることが考案されています。しかし、この方法では、現在のCPU(中央演算装置)のように微細化することは困難であり、現在の最高のコンピューターを超えるような性能を出すのは、まだまだ時間がかかると考えられています。
一方、「量子アニーリング型」の量子コンピューターは、従来型の論理ゲートにはこだわらず、新しい形のデバイスによって計算します。使える問題が「組み合わせ最適化」に限定されるものの、現在のコンピューターでは複雑すぎて手に負えない問題への対応が可能とされます。
「1+1=2」は計算できないかもしれませんが、ある種の問題ではスーパーコンピューターで約100日かかる計算が量子アニーリングでは約0.01秒しかかからなかったという実験結果があります。
応用範囲が限定されるとは言え、既存のコンピューターで扱いにくい分野が得意ということであれば、社会の進歩に貢献できる有用なものと言えるでしょう。
次節でこの量子アニーリングに絞ってみていきましょう。
図表2:量子的な「状態の重ね合わせ」で問題が単純化できる可能性
0と1の数 | 0と1の組み合わせの数 (従来型コンピューターの場合) |
量子的な「状態の重ね合わせ」を 利用した場合の量子ビットの数 |
---|---|---|
2個 | 4個 | 2個 |
4個 | 16個 | 4個 |
8個 | 256個 | 8個 |
100個 | 10の30乗個 | 100個 |
- ※各種資料をもとにSBI証券が作成
量子アニーリングとは
「アニーリング(annealing)」は聞きなれない言葉ですが、日本語では「焼きなまし」になります。
金属に力を加えて曲げたときに金属内部にひずみが生じますが、このひずみを解消するために熱を加えて原子間のつながりを再構築して、金属の状態を改善するのが「焼きなまし」です。
量子アニーリングでも、量子力学的な振る舞いをするデバイスにストレスのかかった状態を設定し、その後に物理的なゆさぶりを加えることで最適な状況を探し出すことから、このように呼ばれています。
量子アニーリングによる計算
図表3と図表4で、株式ポートフォリオの最適化問題が量子アニーリングでどのようにして解かれるかを見てみましょう。
図表3は、4銘柄のうちどれに投資すれば、ポートフォリオが最適化できるかという問題の設定です。各銘柄の期待収益とリスク、銘柄間の相関関係を示しています。
図表4では、「点」(名前を入れる都合で◯になっています)が量子ビットを、点の間の「線」がビット間の相互作用を示しており、銘柄ごとの特性を各「点」に、相互作用の強さを「線」にそれぞれ数値で設定します。そして計算を実行とすると、システム全体の最適化を行い、右図の通りA株とC株に投資してB株とD株には投資しないという結果が得られます。
このような計算は、日立製作所(6501)などがネットに公開している「Annealing Cloud Web」で実際に試すことができます。IBM(IBM)の「IBM Q」、NTT(9432)の「QNNcloud」なども、誰でも無料で使用することができます。
商用販売するD-Wave Systems社(未上場)
「量子アニーリング」による商用の量子コンピューターを2011年に世界で初めて開発したのがカナダのD-Wave Systemsです。同社は磁石による磁束量子を使って量子アニーリングの計算モデルが実際に起きるような物理デバイスを作ることに成功しました。
実は量子アニーリングのアイデアは東京工業大学の西森教授が提唱したもので、また、その物理デバイスの作成に関しても日本人研究者が開発したものが採用されています。日本発の技術が多く組み合わされたもので、本来は日本と関係の深いものと言えます。
同社の量子コンピューターを導入した事例として、ロッキード マーチン(LMT)、南カリフォルニア大学、量子人工知能研究所(グーグル[アルファベット(GOOGL)]、NASA、USRAの共同事業)、ロスアロモス国立研究所などが同社WEBサイトに紹介されています。
また、量子コンピューターを利用した実績がある、または、D-Wave Systems社と業務提携を結んだ企業として、フォルクスワーゲン、デンソー(6902)、豊田通商(8015)、フィックスターズ(3687)などの名前もあがっています。
量子アニーリングが得意な問題
量子アニーリングが得意とするのは、「組み合わせ最適化問題」です。例えば、宅配便のドライバーがどのようなルートで荷物を届ければ良いかというのがこれにあたります。
届ける場所が5ヵ所ならルートの組み合わせは120通り、10ヵ所では360万通り、15ヵ所で1兆3,000億通りまで増えますが、ここまではスーパーコンピューターでも瞬時に計算できるそうです。しかし、これが25ヵ所に増えると1.6×10の25乗通りで49年かかってしまい、事実上計算するのは無理です。厳密解を諦めてなるべく近い答(近似解)を探すというのが現実的な対応となっています。
しかし、このような問題が量子アニーリングでは一瞬で解ける可能性があると言われています。使えるのが「組み合わせ最適化問題」だけだと応用範囲が狭いと思われがちですが、下にあげるように現実社会にはこの問題が広く存在します。これまで解くのは無理と諦められていた問題が解けるようになると、社会的なインパクトは大きいと考えられます。
・渋滞解消のための経路案内・・・個々の車に別々の経路を案内すれば渋滞が解消できるかもしれない。しかし、スーパーコンピューターでは手に負えないほどの計算になる。
・ファイナンシャルプラン・・・多種多様なライフイベントとリスクがあり、多期間にわたるファイナンシャルプランニングはスーパーコンピューターでは難しい。
・新薬開発・・・同じ病気でも人によって最適な薬は異なる。一人一人に最適な薬を創ることができるかもしれない。
・人工知能の「機械学習」・・・機械学習においてどの要素が重要かを判別する「変数選択」やデータがどのグループに分類されるかを判別する「クラスタリング」などに、組み合わせ最適化問題を含みます。
実際に利用可能な量子コンピューターがD-Wave Systemsによって2011年に完成し、量子コンピューターの体験版がネットで公開されているにもかかわらず、世の中で利用が広がっていないのは上記のような現実世界の問題を図表3の点と線に落とし込むところが欠けているためと考えられます。
誰でも扱えるような形で問題を点と線に定式化し、数値の入力も自動化されるようなシステムが開発されれば、利用は一気に広がる可能性があると見られます。現在、量子コンピューターに取り組む多くの企業はここに注力していると言われます。
図表3:株式ポートフォリオの最適化問題
銘柄の特徴
期待収益 | リスク | |
---|---|---|
A株 | 大 | 小 |
B株 | 中 | 中 |
C株 | 中 | 中 |
D株 | 小 | 小 |
銘柄と銘柄の関係
A株 | B株 | C株 | D株 | |
---|---|---|---|---|
A株 | - | 大 | 小 | 大 |
B株 | 大 | - | 中 | 中 |
C株 | 小 | 中 | - | 中 |
D株 | 大 | 中 | 中 | - |
- ※各種資料をもとにSBI証券が作成
図表4:量子アニーリングによる問題の定式化
- ※各種資料をもとにSBI証券が作成
量子コンピューターの商業利用はまだ始まったばかりで、これを株価材料として特定の銘柄に投資できるというレベルにはなっていないと見られます。ただ、今後そのような可能性を秘める企業についてご紹介いたします。
IBM(IBM)
2017年の年次報告書によれば、「IBMは量子コンピューティングの明確なリーダーだ。2017年に発表した世界初の50キュービット(量子ビット)システムの試作機は、従来コンピューターの能力を超えた問題に取り組むことができる。世界初の公共に公開された量子コンピューター「IBM Q」を通じて、7万5千の利用者が250万の量子コンピューターによる実験を体験した。JPモルガンチェース、ダイムラー、サムスン電子、JSRなど数十の顧客が我々のシステムの実用化を検討中である。」としています。
まだビジネスにはつながっていないものの、実用化の段階には達しているようです。
アルファベット A(GOOGL)
同社傘下のグーグルは、人工知能の機械学習に量子コンピューターが役立つと考えて「Google AI Quantum」で研究を進めています。2013年には、NASAおよびUSRA(米大学宇宙研究連合)と共同でD-Wave Systems社のD-Wave Twoシステムを購入して同分野の研究を始め、現在は独自の量子プロセッサーと計算アルゴリズムの開発に取り組んでいます。
同社は人工知能の機械学習で世界最先端にあると見られますが、いまのところ、そこに量子コンピューターは絡んでいないと見られます。一方、同社社員が投稿した2017年の文書では、量子コンピューターは5年以内に商業化が期待できるとしています。
ロッキード マーチン(LMT)
同社は航空システム、ミサイルシステム、宇宙システムなどの設計・開発・製造を手掛けますが、通常、システム構築費用の半分は検証(ベイフィケーション)と妥当性確認(バリデーション)の作業に費やされます。システムが年々複雑化する中で、同費用の削減が課題となっていました。そこで量子コンピューターを試したところ、同社で最高の技術者たちが数ヵ月かかったソフトウェアのバグ発見が、D-Wave Systems社にデータを送ってから6週間後に見つけられたことから、採用を決めたそうです。
当社は2010年にD-Wave Systems社の量子コンピューターD-Wave Oneを購入した最初の顧客となり、2013年、2015年とアップグレードして利用が定着していると分かります。量子コンピューターの利用ノウハウが蓄積されていると見られる点は注目できるでしょう。
ピボタル ソフトウェア A(PVTL)
デルテクノロジーズ傘下から独立して18年4月に新規上場した米国のソフトウェア企業です。同社の主力製品「Pivotal Cloud Foundry」は、クラウド上で新規ソフトウェアの開発を効率化できるプラットフォームで、フォーチュン100企業の3分の1以上が採用しています。
同社の主流部門に含まれてはいないようですが、量子コンピューターのアプリケーションを研究しているチームがあり、ネットには量子コンピューターについて解説する複数の動画があがっています。
- ※本ページでご紹介する個別銘柄及び各情報は、投資の勧誘や個別銘柄の売買を推奨するものではありません。