大規模なキャンペーンで利用が広がるQRコード決済はキャッシュレス決済の覇者となるのでしょうか?株式投資の観点からは、電子決済の代表的な投資対象であるビザ、マスターカードへの影響が気になります。今回はこの点を検討するとともに、電子決済分野の周辺銘柄もご紹介いたします。
図表1:注目銘柄
銘柄 | 株価(11/26) | 52週高値 | 52週安値 |
---|---|---|---|
ビザ A(V) | 182.55ドル | 187.05ドル | 121.60ドル |
マスターカード A(MA) | 289.38ドル | 293.69ドル | 171.89ドル |
ペイパル ホールディングス(PYPL) | 106.20ドル | 121.48ドル | 76.70ドル |
グローバル ペイメンツ(GPN) | 180.52ドル | 181.93ドル | 94.81ドル |
スクエア(SQ) | 68.94ドル | 83.20ドル | 49.82ドル |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
キャッシュレス決済の市場が盛り上がっています。覚えられないくらいの新サービスが登場して、どれをどう使ってよいのか、迷ってしまうほどではないでしょうか。
そこで今回は、日本の状況を中心に様々なキャッシュレス決済を整理してみました。2節では投資の観点で重要なクレジット・デビットカード決済に対して新興サービスが与える影響を検討し、3節では関連企業をご紹介しています。
日本でのキャッシュレス化推進の背景
まず、ここに来て日本でキャッシュレス決済が広がっているのは、消費税率引き上げ後の消費喚起を狙ったポイント還元政策がきっかけですが、背景として以下が考えられます。
1. 日本のキャッシュレス化が国際的に遅れているという認識
2. 現金決済の社会的コストが高いため、キャッシュレス化に経済合理性があること
3. デジタル化された決済情報を元に様々なビジネス展開の可能性があること
1.については、図表2のように日本はキャッシュレス決済比率が低い国となっています。偽造がまれで現金の信用度が高いことが要因ですが、デジタル化が進む中で良いことばかりではないとの認識が広がっているようです。
2.については、ATMを維持するための現金輸送の手間、サービス業で小銭を用意する手間、証拠が残りにくい現金取引による脱税リスクなど、現金決済は社会的なコストが高いと考えられます。キャッシュレスによる経済の効率化が期待されます。
3.については、決済情報の把握がマーケティングに重要と考える事業者の積極姿勢が目立ち、一気に広がる可能性がでてきました。
このような背景があるため、キャッシュレス決済は一時のブームに終わらず、継続的に進む可能性が高いと考えられます。
様々なキャッシュレス決済の位置づけ
急速に台頭するQRコード決済を中心に、キャッシュレス決済の主なサービスを整理しています(図表3)。
QRコード決済
スマホのアプリでQRコードを表示したり、店頭のQRコードを読んだりして決済します。先行して普及した中国では決済インフラの整備が遅れていたところにスマホが普及したことから、店舗側の導入コストが低いことが原動力となって短期間に普及しました。
本来は決済インフラが遅れている新興国に適した仕組みと考えられますが、日本では中国での成功例にならってインターネット関連企業が続々参入しました。スマホを使うことから、各種ネットサービスとのシナジーが期待されているとみられます。
決済額の20%を還元する大規模なキャンペーンでPayPayの登録ユーザーが2,000万人を超え、さらに登録ユーザーが3,000万人を超えるLINE Payと経営統合することから、この分野ではソフトバンク、ヤフー、LINE陣営が覇権を握ったとみられています。
ただし、QRコード決済はスマホのアプリを立ち上げる必要があるため、タッチで済む電子マネーに比べて手間がかかることは否めず、中期的にどれくらい定着するかは大規模なキャンペーンが終わったあとでないと見極めにくそうです。
電子マネー
タッチするだけで一瞬に決済が完了する便利さは多くの方が実感されていることでしょう。ただ、不正使用のリスクを考えると前払い方式でチャージする金額には限りがあり、利用はコンビニやファーストフード店などでの少額の購入が主となりそうです。
後払いの電子マネーは発行者による立替払いとなるため、クレジットカードに近い支払い方法になります。対応しているクレジットカードなどに機能を加えたり、「おさいふケータイ」対応のスマホで利用します。QUICPayよりも利用限度額が大きいQUICPay+は、Apple Pay、Google Payなどに搭載して利用されます。
クレジットカード、デビットカード
現在のような形でのサービスが始まってから50年以上の歴史があり、不正使用に対する補償も整っており、高額の取引が可能な電子決済インフラとして定着しています。
ただし、日本では欧米ほど普及せず、このため店舗が支払う手数料率が高止まりして普及の阻害要因になるなど、悪循環があると言われてきました。しかし、最近はeコマースの拡大で利用シーンが増えたほか、消費決済のキャッシュレス化が進む中で信用度の高い決済インフラとして見直され、一段と普及が進む可能性がありそうです。
全体を見渡してみると、日本ではキャッシュレスのインフラがある程度普及するなか、店舗の導入コストが低いQRコード決済が強引に参入してきた印象です。キャッシュレス決済を進めるうえで大きな進歩ですが、どのフォーマットが覇者となるのか、まだ、混沌とした状況と言えそうです。
図表2:主要国のキャッシュレス決済比率
- ※経済産業省「キャッシュレス・ビジョン 平成30年4月」よりSBI証券が作成
図表3:主な電子決済の種類とサービス
電子決済の種類 | 利用方法 | 主なサービス | QRコード (バーコード含む) |
スマホのアプリでQRコードを表示したり、店頭のQRコードを読んだりすることで決済。銀行口座からチャージした残高を使用したり、登録したクレジットカードでの支払いができる。 | 日本:PayPay(ソフトバンク、ヤフー)、LINE Pay(LINE)、d払い(NTTドコモ)、楽天ペイ(楽天)、Amazon Pay(アマゾン)など 中国:Alipay(アリババ)、WeChat Pay(テンセント) |
電子マネー (前払い) |
ICカードに現金をチャージ、読み取り機にタッチして決済。 | 交通系:Suica(JR東日本)、PASMO(首都圏の鉄道・バス会社)など 流通系:nanaco(セブン&アイ)、WAON(イオン)、楽天Edy(楽天)など |
電子マネー (後払い) |
クレジットカードに付帯させたり、スマホのアプリから利用。電子マネー発行者による立替が発生するため、クレジットカードに近い。 | iD(NTTドコモ)、QUICPay、QUICPay+(JCB) | クレジットカード・ デビットカード |
店舗が備える専用の読み取り機で読み取ってもらうことで決済。クレジットカードはカード発行機関が融資、デビットカードは銀行口座からの即時引き落とし。 | カード発行:信販会社、銀行など ネットワーク:ビザ、マスターカード、アメリカンエキスプレス、JCBなど |
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- ※各種報道をもとにSBI証券が作成
電子決済に関する投資対象としては、ビザ A(V)とマスターカード A(MA)の時価総額が圧倒的に大きく、関連銘柄の中で中心的な銘柄となっています(図表4)。
株式投資の視点からは、新たに展開されている決済サービスがビザ、マスターカードが運営するクレジットカード、デビットカードの決済ネットワークに対してどのような影響を与えるかというのが重要と考えられます。
なぜ、ビザ、マスターカードなのか
まず、なぜ決済ネットワークを運営するビザとマスターカードが重要なのか、おさらいしておきます。
クレジット・デビットカードによる決済は、(1)世界で進む現金決済から電子決済へのシフト、(2)新興国中間層の増加によるカード保有者の増加、(3)eコマースの拡大などを背景に年率8%前後で拡大している成長市場です。
同決済には、カード発行機関、加盟店管理機関、決済ネットワークの3分野が関連していますが(図表5)、事業者数はそれぞれ世界で、数千社以上、数百社以上、数社とみられます。
2017年時点の決済ネットワークの世界シェア(中国の銀聯を除く)はビザが約6割、マスターカードが約3割を占め、アメリカンエキスプレス、JCB、ダイナースなどが数%のシェアをもっているに過ぎず、年率8%で成長する世界市場(中国を除く)を2社で寡占することで安定的な高成長を実現する構造となっています。
営業利益率はビザが67%(19年9月期)、マスターカードが56%(18年12月期)と極めて高く、理想的な投資対象と言えます。実際のところ、2009年末からの約10年間でビザの株価は8.2倍、マスターカードは11.0倍となっています。
新興サービスのクレジット・デビットカードネットワークに対する影響
日本でQRコードによる決済が急拡大していますが、これはクレジット・デビットカード決済にどのような影響を及ぼすのか考えてみましょう。
QRコードによる決済は支払い手段の一つとしてクレジットカードも備えますが、銀行口座を登録してチャージする方式が多用されるとクレジット・デビットのネットワークは使わないため、このサービスの広がりは事業を侵食すると考えられます。
ただし、QRコード決済が広く普及しているのは中国、スウェーデンのみで、日本、インドで急速に普及しつつあるというのが現状で、必ずしも世界的な広がりをもっているわけではないようです。日本での普及は打撃になる可能性はあるものの、世界的には対応可能とみられます。
また、仮想通貨による決済が広がると、これもクレジット・デビットカード決済には打撃になる可能性があります。しかし、ビットコインなどメジャーな仮想通貨でも価格変動が大きく、決済には使いにくい状況が続いています。
一方、フェイスブックが提唱した「リブラ」はドルなどの通貨に価値をひもづけるとしたため決済手段として有望です。「リブラ協会」にビザやマスターカードが参加していたのは、有力な競合サービスになる可能性を示唆しています。
しかし、「リブラ」は通貨制度の重大なリスクとなる可能性があるとして各国通貨当局の見方が厳しく、実現の見通しが立っていません。これを受けて、ビザ、マスターカードも「リブラ協会」から脱退しました。いまのところ競合のリスクは小さくなったとみられます。
ビザ、マスターカードからの対応
QRコードによる決済が世界的に広く普及すると、クレジット・デビットカードによる決済をある程度侵食することは免れないとみられます。
ただ、日常的な少額決済の手段として世界的には、QRコードよりも非接触カードによる決済が普及しつつあると言われ、ビザは普段使いのための決済手段として非接触カードによる「タッチ決済」を推進しています。
確かにスマホでアプリを立ち上げる必要があるQRコード決済に比べて一瞬で決済が完了する非接触カード決済のストレスのなさは、日本ではSuica、PASMOなどで経験済みです。
ビザが推進している「タッチ決済」の通信規格は日本で主流の「Felica」ではなく、国際規格の「NFC Type-A」によります。読み取り機が少ないため日本で定着するかは不透明ですが、海外に行ってもそのまま使用できるメリットがあります。
また、両社とも企業間の決済分野への進出を進めています。企業間の決済では銀行口座による振り込みが中心でしたが、取引先が多いケースなどではカードを利用することで事務処理の負担が大きく軽減されるケースがあるとされ、利用が伸びています。
図表4:電子決済サービス企業の時価総額上位
- 注:Bloombergによる「資金決済サービス」に分類される企業が対象です。11/25(月)時点です。
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
図表5:クレジット・デビットカード決済に絡む3つの事業者(概念図)
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
前節では株式投資の対象としてクレジット・デビットカード決済の分野が重要で、その中でもビザ、マスターカードが中心的銘柄であることをご説明しました。
一方、ビザ、マスターカードほど盤石ではなくとも、電子決済市場が拡大していることから周辺企業の事業環境も良好のようです。図表4にリストアップした銘柄の過去1年の株価騰落率は、図表6の通り株価バリュエーションの高さがネックになったとみられるスクエアを除いていずれも20%以上で、S&P500指数の17.1%を大幅に上回るものが多くなっています。
売上に影響が大きい個人消費が堅調に推移してきたことに加え、貿易摩擦から遠い分野として物色されてきたと考えられます。製造業の景気が底入れして景気敏感へ向かうときには利食いが出て相対パフォーマンスは劣後しそうですが、決済のデジタル化が進むという大きな流れの中で中期的に注目できる銘柄群と言えるでしょう。
以下、この中からいくつかご紹介いたします。
電子決済拡大の波に乗るフィンテック企業
・電子決済サービスを提供している米国企業です。主力事業は、消費者と事業者のインターネット上での売買取引で仲立ちをして電子決済をより安全に行えるようにするもので、同社を介することで様々な事業者にカード番号を渡さなくてよいため安全性が高まるとして利用が広がっています。買収した個人間送金のスマホアプリ「Venmo」の成長も注目を集めています。また、先週には価格比較ツールのHoney Scienceを約40億ドルで買収することを発表しています。
・7-9月期決算は、売上が前年同期比19%増、一時的要因を除く調整後EPSが同31%増と好調でした。全社の決済総額が1,790億ドルで前年同期比25%増、決済件数が31億件で同25%増、口座数純増は9.8百万件で同16%増と事業基盤が順調に拡大しています。「Venmo」の取引額は270億ドルで同64%増と好調です。
アクワイアラー大手の一角で買収による規模拡大を進める
・クレジットカード、デビットカードによる決済サービスを提供する企業には、カード発行、加盟店管理、決済ネットワークの3分野がありますが、同社は加盟店管理を手掛けるアクワイアラーの一角を占めます。米国のほか、欧州、アジアなど32ヵ国で展開、約250万の加盟店をもちます。16年にハードランドと合併、19年3月にトータルシステムと合併に合意して年内に完了予定です。
・同社とトータルシステムサービス社の経営統合により、売上が86億ドル、調整後EBITDA(利払い、税金、償却前利益)が35億ドルの企業になると試算されています。合併によるコストシナジーを年3億ドル、売上シナジーを年1億ドルと見込んでいますが、過去の買収案件の実績から考えて保守的なガイダンスと考えられています。モバイル決済ソリューションを提供する米国企業です。
非決済分野への展開で成長を目指す
・モバイル決済ソリューションを提供する米国企業です。スマートフォンに差し込んでクレジットカードによる決済を可能にするカードリーダーとソフトウェアを提供して、利用する事業者から決済額に応じた手数料を稼得しています。ここ数年は送金アプリ、事業者ローンなど非決済分野にも展開して、サブスクリプション&サービスの構成が高まり、売上成長を高める要因となっています。
・7-9月期決算は、主力の決済では規模が大きい事業者の取引が牽引して決済総額が282億ドルで前年同期比25%増、売上が同40%増、粗利が同42%増と堅調でした。サブスクリプション&サービスの売上、18年4-6月期に買収したWEBサイト作成ツールの「Weebly」と企業向けケータリングサービスの「Zesty」の買収効果もあって前年同期比68%増と高い伸びを維持しました。通期のEPSガイダンスを0.76ドルから0.78ドルに引き上げています。
その他は、フィディリティ ナショナル(FIS)とフィサーブ(FISV)はクレジットカードのアクワイアラー業務を中心に様々な決済サービスを提供している企業で、フリートコ テクノロジーズ(FLT)は運送会社向けにガソリン、宿泊、飲食、通行料をまとめて決済できるサービスで成長している企業です。
図表6:決済サービス関連銘柄の投資指標
銘柄(コード) | 株価 (11/25) (ドル) |
予想PER (倍) |
株価騰落率 (1年) (%) |
時価総額 (11/25) (億ドル) |
---|---|---|---|---|
ビザ A(V) | 180.97 | 29.1 | 33.1 | 3,564 |
マスターカード A(MA) | 287.61 | 37.4 | 49.9 | 2,902 |
ペイパル ホールディングス(PYPL) | 104.45 | 34.1 | 29.2 | 1,226 |
フィディリティ ナショナル(FIS) | 136.88 | 24.8 | 31.1 | 841 |
フィサーブ(FISV) | 114.74 | 28.7 | 48.2 | 780 |
グローバル ペイメンツ(GPN) | 179.65 | 29.1 | 68.8 | 540 |
スクエア(SQ) | 68.25 | 87.5 | 2.6 | 293 |
フリートコ テクノロジーズ(FLT) | 299.52 | 25.5 | 58.5 | 260 |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
- ※本ページでご紹介する個別銘柄及び各情報は、投資の勧誘や個別銘柄の売買を推奨するものではありません。