エヌビディアによるアームの買収は、人工知能(AI)をスマホに展開するための布石と考えられます。エヌビディアはクラウドでのAI計算でリーダーの位置を確保しましたが、AIがスマホに広がる場合には足掛かりがありませんでした。しかし、スマホのアプリケーションプロセッサーで9割のシェアをもつアームを傘下に置くことで、スマホへの展開力を確保したとみられます。
米半導体大手のエヌビディア(NVDA)が英半導体設計大手のアームを最大400億ドルでソフトバンクグループから買収することで合意しました。
ソフトバンクグループは、事業シナジーが必ずしも大きくないアームを売却することで資金を確保するねらいです。エヌビディアの大株主(10%以下)になることで、アームの成長に対するコミットメントは維持します。
一方、エヌビディアがアームを取得する狙いは何なのか、これによって何が起こると考えられるのか、今回お話いたします。
エヌビディアは人工知能(AI)のリーダー、アームはモバイルに強いということから、キーワードは「エッジAI」と考えられます。
AIは「学習」と「推論」という2つの作業からなりますが、現在利用されているAIの計算では両作業ともクラウド(データセンター)で行われています。これを「クラウドAI」とすると、「推論」をクラウドから見て現場に近いエッジ(端っこ)のデバイスで処理するのが「エッジAI」です(図表1)。
代表的な「エッジAI」は、自動車の自動運転に使われるAIです。自動運転では、一瞬でも通信が途切れるようなことがあれば命にかかわるため、クラウドでの計算で運転するわけにはいかず、「エッジAI」である必要があります。
自動車の「エッジAI」に関しては、エヌビディアは世界の主要な自動車メーカーと提携して開発を進めており、トップランナーの1社と考えられています。市場の立ち上がりは従来の想定よりも遅れていますが、今後の成長の柱として期待されています。
さらに、「エッジAI」はスマホに広がる可能性があります。スマホで命にかかわるケースというのはないでしょうが、通信網が完全ではないため、スマホでもAIを備えたほうが便利だと考えられます。例えば、スマホに保存してある写真を言葉で呼び出すことができたら便利ではないでしょうか。将来的にはスマホでAIというのが当たり前になっているかもしれません。
エッジAI向けの半導体チップセットは、グーグルなど数社が既に発表していますが、広く普及するには至っていません。一方、エヌビディアはスマホに有力な足掛かりがありませんでしたが、今回の買収によってこれを得たと考えられます。エヌビディアとアームの組み合わせによってスマホの「エッジAI」普及が加速する可能性があるとみられます。
エヌビディアがアームの買収によって「エッジAI」に展開するとは、直接的には言っていません。しかし、今回の買収を報告したリリースのトップには、「エヌビディアのAIでのリーダーシップとアームの広大なコンピューティング・エコシステムを統合して、すべての顧客の革新を推進する」(Unites NVIDIA’s leadership in artificial intelligence with Arm’s vast computing ecosystem to drive innovation for all customers)とあります。「エッジAI」への意欲を十分に汲み取れるのではないでしょうか。
買収の完了には米欧中の規制当局の承認が必要とされ、1年以上を要する見込みです。また、「エッジAI」がすぐに実現するわけでもありませんので、エヌビディアの成長をけん引するのは数年先とみられます。しかし、中長期の成長に重要な動きと考えられます。
なお、アームの主な成長ストーリーはIoT(モノのインターネット)向けマイコンの需要増にありました。しかし、今回のディールには同部門は含まれていません。これもエヌビディアの狙いが「エッジAI」にあるのだという傍証になると考えられます。
図表1:クラウドAIとエッジAI
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
エヌビディア(NVDA)はコンピュータで映像の表示を滑らかにするための半導体である「GPU(グラフィック・プロセッシング・ユニット)」を主力とする半導体メーカーです。
20年1月期の売上は「ゲーム向けGPU」が過半を占めるため、「ゲーム向け半導体メーカー」と紹介されます。しかし、GPUが人工知能(AI)の計算を処理するために有用と数年前に判明して以来、GPUを数値計算に使う「GPUコンピューティング」の会社に変化しつつあります。
GPUを画像表示でなく数値計算に使用するためにはソフトウェア群が必要で、同社はこれを 「CUDA」として2006年から普及に努めていました。これによって他社が簡単に追いつけないリードを獲得、AI計算に使われる半導体市場をほぼ独占していると言われます。
21年度2Q(5-7月期)には、AI計算に使われる半導体を含むデータセンター向けの売上が45%と、ゲーム向け売上の43%を超えました(図表2)。この急増にはメラノックス社を買収した効果も含みますが、AIの利用が従来の中心であった画像認識分野から自然言語認識分野にも広がって、AI向け半導体の売上も増加しています。
現在のAI向けの半導体は、ほぼデータセンターで使用され、「エッジAI」の売上はないとみられます。「エッジAI」である自動運転向けコンピュータは、立ち上がりが遅れています。5-7月期の自動車向け売上(インパネ表示のため半導体が主です)は新型コロナの影響もあって3%まで縮小しているものの、今後数年の成長はこの分野にかかっています。
さらに、その先にはAIがスマホにも広がることによる成長が期待されます。その点でアームの買収は同社にとって非常に意義が大きいと考えられます。
図表2:エヌビディアのエンドユーザー別売上
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
アームは、半導体の設計基本図を半導体メーカーに提供して、ライセンス料やロイヤリティを徴収する英国企業です。1990年に英国のエイコーン・コンピュータ、アップルコンピュータ、VLSIテクノロジーのジョイントベンチャーとして創業しました。世界のほとんどの半導体メーカーと取引関係があると言われ、18年に出荷された229億個の半導体に同社が設計したコアが組み込まれています。
レポート冒頭からアームはモバイルに強いと言ってきましたが、スマホのアプリケーションプロセッサーで90%のシェアを保有しています。そのほか、自動車の運転支援システムや家電に組み込まれるマイコンなどでシェアが高くなっています(図表3)。この背景には、同社が設計する半導体は消費電力が低いという特徴があるためです。 やや専門的な話になりますが、コンピュータのCPU(中央演算処理装置)を動かすための命令セットに複雑なCISC(Complex Instruction Set Computer)とこれを簡略化したRISC(Reduced Instruction Set Computer)がありますが、アームの半導体設計図はRISCによります(図表4)。
パソコンやサーバーのCPUには、CISCで設計されたCPUが使われています。一方、消費電力に制約が多い、携帯機器や家電等に入るCPUには、RISCの半導体が使われることが多いのです。このような背景があるために、モバイルでのアームの優位は簡単に揺らがないと考えられます。様々な困難を想定しながらもエヌビディアが買収に踏み切った要因とみられます。
アームはこれまでソフトバンクグループの子会社であったため、直近の財務状況は明らかになっていません。19年3月期の実績では、売上が18.4億ドル、調整後EBITDAが2.8億ドルで、利益率は15%となっています。18年3月期、19年3月期と投資の拡大で売上の伸び以上に費用が増えたため、17年3月期には8億ドルを超えていた利益は縮小しています。
9/15(火)にニーダム社のアナリストが公表した分析では、アームの買収が完了した場合、エヌビディアの22年度予想EPSに1.65ドルのプラスに寄与するとし、現在の市場予想EPSにこれを加えると12.67ドルになるとしています。
図表3:アームの対象市場と市場シェア
アームの |
2018年 |
2028年 |
|
---|---|---|---|
モバイル機器(スマホ、タブレットなど)の |
90% |
340 |
470 |
IoT機器のコントローラー |
90% |
70 |
200 |
自動車のIVIおよびADAS |
75% |
70 |
190 |
家電 |
40% |
120 |
370 |
対象市場合計 |
33% |
1,500 |
2,500 |
- ※注:市場規模は、アームが半導体の設計図を提供している半導体市場の規模です。
- ※会社資料をもとにSBI証券が作成
図表4:コンピュータのCPUを動かすための命令セットに2つの種類
CISC(Complex Instruction Set Computer)
インテル、AMDが製造するCPU。PCやサーバーなどに組み込まれる。
RISC(Reduced Instruction Set Computer)
アームの設計図を使って製造されるCPU。モバイル機器や家電などに組み込まれる。
- ※各種資料をもとにSBI証券が作成
- ※本ページでご紹介する個別銘柄及び各情報は、投資の勧誘や個別銘柄の売買を推奨するものではありません。