消費者向け決済市場は大きな変化の時期を迎えており、新型コロナによるパンデミックはこの変化を加速させたとされ、市場の注目が高まっています。そこで今回は世界の消費者向け決済手段のトレンドを確認し、今後の成長が見込まれているデジタル/モバイルウォレットと後払い決済について詳しくみていきます。
図表1 注目銘柄
銘柄 | 株価(9/21) | 52週高値 | 52週安値 |
---|---|---|---|
ペイパル ホールディングス(PYPL) | 269.49ドル | 310.16ドル | 174.08ドル |
スクエア(SQ) | 251.30ドル | 289.23ドル | 139.31ドル |
アファームホールディングス(AFRM) | 108.11ドル | 146.90ドル | 46.50ドル |
ビザ A(V) | 220.17ドル | 252.67ドル | 179.23ドル |
マスターカード A(MA) | 337.38ドル | 401.50ドル | 281.20ドル |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
今回は消費者のお金の支払い方、決済手段を取り上げます。
新しい技術や新しい方法を持ち込む企業の台頭によって、消費者向け決済市場は大きな変化の時期を迎えています。さらに、昨年来の新型コロナによるパンデミックはこの変化を加速させたとされ、市場の注目が高まっています。
第1節では世界の決済市場の動向をフィデリティ ナショナル社が公表している「Worldpay from FIS Global Payments Report 2021」で確認し、第2節、第3節では今後の高成長が期待されている2つの市場に関して詳しくみていきます。
【デジタル/モバイルウォレット、後払い決済が伸びる】
まず、北米の決済市場の動向をみてみましょう(図表2)。同レポートにはグローバル市場の動向も掲載されていますが、中国の決済手段がモバイル決済に偏っているために、世界の平均的な姿から乖離しています。そこで世界の平均的な動きに近い北米を例にとりあげます
2020年のeコマースの決済手段の構成比をみると、従来型のクレジットカードとデビットカードによる決済が合計で50%以上を占めています。しかし、デジタル/モバイルウォレットによる決済も3割近くを占めるに至り、存在感が高まっていることがわかります。
2024年にかけての変化では、デジタル/モバイルウォレットが最大の決済手段になると予想されている一方、ほとんどの決済手段で構成比が低下する見込みです。その中で増加が見込まれているのが後払い決済(BNPL)で、3倍近い増加が見込まれています。
店頭での決済手段についても、デジタル/モバイルウォレットが顕著に伸びて、それ以外の決済手段は構成比が低下傾向と予想されています。
以上より、デジタル/モバイルウォレットと後払い決済が今後伸びる決済手段として注目できるでしょう。
【決済手段と関連企業】
つぎに、市場の動きを投資につなげるため、上記の主要な決済手段とこれを提供する企業の関係を、Bloombergのアナリストが作成している「米国上場企業のフィンテックバスケット」で確認しておきましょう(図表3)。
クレジットカード、デビットカードの主要プレーヤーは、これらカードに電子決済ネットワークを提供している、ビザ A(V)とマスターカード A(MA)が中心で、ほかにカード決済を受け入れる事業者の技術サポートを行う「アクワイヤラー」もフィンテック企業として名を連ねています。
クレジットカードを発行して消費者に与信を行うのは、米国ではJPモルガンチェースやバンクオブアメリカなどの銀行ですが、これらは「フィンテック」企業とはみなされていません。
デジタル/モバイルウォレットには、アップルのアップルペイ、アルファベットのグーグルペイ、サムスン電子のサムスンペイなどハードウェアに紐付けられたサービス、ペイパルホールディングス、スクエア、フェイスブックなどが提供しているアプリベースのサービス、中国ではアリババグループのアリペイ、テンセントのウィーチャットペイなどのサービスが含まれます。決済事業に特化しているペイパルホールディングスやスクエアなどがこの分野の中心銘柄と捉えられています。
後払い決済では、アファームホールディングスに加え、関連企業を買収してこの分野に進出した、ペイパルホールディングスとスクエアが関連銘柄となります。
【クレジットカード、デビットカード陣営の対応】
これまで消費者の決済手段として中心的地位を占めて、安定的な高成長を謳歌してきたクレジットカード、デビットカードですが、上記のトレンドをみると守勢に回っていると言えるでしょう。
ただし、決済手段がデジタル/モバイルウォレットや後払い決済に移行することによって、移行分の100%を失うわけではなく、これら決済手段を提供する企業と提携することで、付加価値の一部は維持することができるようです。
例えば、ビザの2020年9月期の年次報告書では、「従来は、デジタルウォレットやフィンテックによる決済は当社に閉ざされた新しいエコシステムの誕生とみていた。」「しかし、最近では、南米のRappi、日本のラインペイ、インドのPayTMとの提携例に見るように同社にも門戸が開かれて事業機会が拡大している。」としています。
決済手段に占めるクレジットカード、デビットカードの構成比は低下する可能性がありますが、世界の消費額が拡大することやデジタル/モバイルウォレットや後払い決済の成長にも関与することができつつあることから、従来期待されていたよりも低いながらも成長を続けることができるとみられます。
図表2 北米の決済手段の構成比(%)
【eコマース】
【店頭】
- ※FIS社の「Worldpay from FIS Global Payments Report 2021」をもとにSBI証券が作成
図表3 Bloombergの米国上場フィンテックバスケット
銘柄 | 主力業務 | 売上成長率 (今期予想) (%) |
予想EPS (ドル) |
予想PER (倍) |
時価総額 (億ドル) |
---|---|---|---|---|---|
【決済関連】 | |||||
ビザ A(V) | 電子決済ネットワーク | 10.1 | 5.81 | 37.9 | 4,837 |
マスターカード A(MA) | 電子決済ネットワーク | 23.3 | 8.13 | 41.5 | 3,329 |
ペイパル ホールディングス(PYPL) | 各種電子決済 | 20.1 | 4.72 | 57.1 | 3,167 |
スクエア(SQ) | モバイル決済 | 100.2 | 1.86 | 135.1 | 1,155 |
フィディリティナショナル(FIS) | クレジットカードのアクワイアラー | 10.8 | 6.55 | 18.5 | 750 |
フィサーブ(FISV) | クレジットカードのアクワイアラー | 12.2 | 5.57 | 19.1 | 703 |
グローバルペイメンツ(GPN) | クレジットカードのアクワイアラー | 14.6 | 8.16 | 19.2 | 460 |
アファームホールディングス(AFRM) | 後払い決済 | 38.7 | -1.15 | - | 294 |
フリートコテクノロジーズ(FLT) | ガソリンカード | 15.9 | 12.95 | 19.5 | 208 |
パグセグロデジタルA(PAGS) | ブラジルの電子決済 | 47.6 | 4.91 | 59.6 | 183 |
マルケタ(MQ) | カード発行プラットフォーム | - | -0.53 | - | 140 |
ストーン A(STNE) | ブラジルの電子決済 | 35.5 | 3.29 | 64.3 | 124 |
ウエスタン ユニオン(WU) | 国際送金サービス | 6.7 | 2.07 | 9.6 | 81 |
WEX(WEX) | 企業向け決済ソリューション | 16.8 | 8.61 | 19.1 | 74 |
【決済以外】 | |||||
メルカドリブレ(MELI) | 南米のeコマース | 71.1 | 1.90 | 967.7 | 914 |
コインベース グローバル A(COIN) | 暗号資産取引所 | - | 12.70 | 18.8 | 503 |
ロビンフッド マーケッツ A(HOOD) | ネット証券 | - | -4.94 | - | 364 |
ソフィ テクノロジーズ A(SOFI) | ソーシャルレンディング | - | -0.52 | - | 121 |
- 注:9/21(火)時点のデータによります。
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
デジタル/モバイルウォレットによる決済は、2021年の下半期も消費者への普及進展と提供企業のサービス拡充によって拡大すると予想され、引き続き注目されます。
その中心となるのはペイパルホールディングス、スクエア、フェイスブックなどで、既存の個人間送金アプリに様々な機能を加えることで「スーパーアプリ」の地位に格上げしていくことが目指されています。
決済専業2社の動向をご紹介いたします。
【ペイパルホールディングス(PYPL)】
1998年に設立された電子決済サービス企業で、インターネット上の決済や個人間送金のサービスを手がけています。 「ペイパル」が使えるサービスや店舗は世界中 で2,400万以上あり、3億人を超えるユーザーが「ペイパル」を通じてインターネット上で買い物を行っています(2021年8月時 点)。また、「ペイパル」とは別に展開している個人間送金アプリ「ベンモ(Venmo)」も米国で広く普及しています。
2月のインベスターデーでは2025年の目標として、アクティブユーザー7.5億人(2020年末実績が3.8億人)、決済総額2.8兆ドル(2020年実績が0.94兆ドル)、売上500億ドル(2020年実績は215億ドル)を掲げています。進出する決済の分野を広げるほか、関連のサービスへの展開で拡大していく計画です。後払い決済については、2020年時点で米英仏でサービスを開始していましたが、9/8(水)に日本のペイディの買収を発表して一段と強化します。
4-6月期決算は売上高が前年同期比19%増、総取扱高(TPV)は為替の影響を除いたベースで同36%増となりました。新規アクティブアカウント数の純増数は1,140万人となりました。また、経営陣は開発中の「スーパーアプリ」について「ソースコード は完成した」、「新しいアプリでは利回りの高い貯蓄や、より良い支払い方法が提供される」などとコメントしました。
【スクエア(SQ)】
ツイッターの創業者の1人であるジャック・ドーシー氏が2009年に設立したフィンテック企業です。スマートフォンに接続するカード リーダーを提供し、クレジットカード決済などを簡単に利用できるようにしたことで評判となりました。スクエアは同社のカードリーダー などを利用している事業主に対し無料でPOSレジアプリを提供するなどし、利便性を高めています。ここ数年は個人間の送金や株式取引、ビットコインの売買ができる「Cash App」アプリのユーザー数が爆発的に増え、ビジネスの新たな柱となっています。
セラー(販売事業者)向け事業は当初、フードトラックや街中の小さなカフェなどを運営する小規模な販売事業者(個人事業主)を主な顧客としていましたが、2020年10-12月期には年間12.5万ドルよりも多くの取扱高(GPV)がある「比較的大規模」な販売事業者が全体のGPVのうち60%を占めています。「Cash App」アプリについては個人間の送金機能のみな らず、株式やビットコインの購入機能を新たに導入するなどし、「総合的な金融サービス」の提供を目指しているようです。
4-6月期の売上高は急増しているビットコイン売上高を含むベースで前年同期比143%増となり、ビットコイン売上高を除いた ベースの売上高は同87%増となりました。また、後払い決済を手がけるオーストラリアのアフターペイを290億ドル相当で買収するとの発表があり、2022年1-3月期に買収が完了する見込みです。
後払い決済のサービスは、新しいビジネスモデルで消費者向けの決済という巨大市場に参入してきた「ディスラプター(破壊的企業)」として、決済業界ではかねてより注目されていたようです。
8/2(月)にスクエア(SQ)がオーストラリアのアフターペイを買収を発表、8/27(金)には米国アマゾンがアファーム ホールディングス(AFRM)の決済サービス導入を発表、9/8(水)にはペイパル ホールディングス(PYPL)が日本のペイディの買収を発表と、これが一気に表面化しました。
成長分野を求めて世界規模での陣取り合戦が行われている様相で、株式市場での注目も高まっています。一方、後払い決済は一般的にまだ馴染みのない決済方法と思われますので、その仕組みとメリットを解説したうえで、中心銘柄のアファームホールディングスをご紹介いたします。
【基本的な仕組み】
後払い決済は「バイ・ナウ・ペイ・レーター(BNPL)」とも呼ばれるとおり、消費者が購入した代金を一時的に立て替えて、一定の範囲内で金利なしの分割払いが可能になるサービスです。
従来のクレジットカードとの違いは、(1)メールアドレスや携帯番号などの限定された情報を入力することで後払い決済の口座を開くことができる、(2)物理的なカードの発行がなく、オンラインで手続きが完了できる、(3)与信審査の枠組みが異なる(人工知能などのIT技術を駆使する、信用スコアが悪化しない)、などがあります。
クレジットカードを保有していない、または、信用スコアを悪化させたくない若者層に受けて利用が急速に拡大しています。
与信審査の方法が従来と異なる点がビジネスモデルの肝と言えるでしょう。基本的には無担保での「消費者金融」なので事業リスクは高めで、新しいテクノロジーの利用で従来の与信審査を凌駕できるのかについては、これから確認する必要があります。
【メリット】
同決済方法のメリットについて、アファームホールディングスの上場目論見書に掲載された、創業者マックス・レブチン氏のコメントをみてみましょう。
同氏によると、70年前に誕生した「カード」による決済は、磁気からICインターフェースは進化したものの、基本的なサービスの仕組み自体は変わっていない。これに対してアファームはインターネットやデジタル化など技術進歩に対応したサービスを提供しているとします。
仕組みが単純明快であり、従来のクレジットカードのように様々な“隠れた”付帯費用(延滞利息、過振利息など)が発生しない点に消費者のメリットがあると主張しています。
一方、後払い決済を受け入れる事業者側では、後払い決済の利用者に多い若者層を呼び込むためのマーケティングツールとしての有効性を評価して導入が広がっているようです。
【アファームホールディングスの企業概要と業績動向】
アフターペイがスクエアに買収される見込みのため、アファームホールディングスは後払い決済に特化する唯一の上場企業として注目が高まっています。ペイパルホールディングスの創業者の1人であるマックス・レブチン氏が2012年に創業、2021年1月に新規上場した会社です。
9/9(木)に発表された4-6月期決算は、決済総額が25億ドルで前年同期比106%増、売上が261百万ドルで前年同期比71%増、アクティブ顧客数が710万人で同97%増、アクティブ事業者数が2.9万で同5.1倍と事業は急速に拡大していることが確認されました。調整後営業利益は14.2百万ドルでした。
2021年6月期決算は、決済総額が83億ドルで前年比80%増、売上は870百万ドルで前年比71%増、調整後営業利益は14.3百万ドルでした。2022年6月期のガイダンスは、決済総額が124.5〜127.5億ドルで前年比50〜54%増、売上は11.6〜11.9億ドルで同33〜37%増、調整後営業利益は145〜135百万ドルの赤字としています。
図表4 後払い決済の主要企業
企業名 | 会社のステータス | 決済総額 (億ドル) |
売上高 (億ドル) |
純利益 (億ドル) |
---|---|---|---|---|
クラーナ(Klarna) | スウェーデンの未上場企業 | 530 | 10.9 | − |
アフターペイ | オーストラリアの上場企業で、スクエアが買収予定 | 210 | 9.2 | -1.6 |
アファームホールディングス(AFRM) | 米国の上場企業 | 83 | 8.7 | -4.3 |
ペイディ | 日本の未上場企業で、ペイパルが買収予定 | − | − | -0.5 |
- 注:決済総額、売上高、純利益は直近期の実績によります。
- ※会社資料をもとにSBI証券が作成
- ※本ページでご紹介する個別銘柄及び各情報は、投資の勧誘や個別銘柄の売買を推奨するものではありません。