米国株式市場では、景気・業績に対する懸念が高まるにつれ、ディフェンシブなヘルスケアセクターに対する注目が高まっているようです。特に業績拡大が見込まれている「医薬品・バイオテクノロジー」の銘柄は、市場全体で進んだ「PER調整」の必要がなかったことから、年初来上昇となっている銘柄が多くなっています。これら注目銘柄をご紹介いたします。
図表1 注目銘柄リスト
銘柄 | 株価(5/31) | 52週高値 | 52週安値 |
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メルク(MRK) | 92.03ドル | 94.92ドル | 70.89ドル |
イーライ リリィ(LLY) | 313.44ドル | 324.08ドル | 196.68ドル |
ジョンソン & ジョンソン(JNJ) | 179.53ドル | 186.69ドル | 155.72ドル |
アムジェン(AMGN) | 256.74ドル | 258.45ドル | 198.64ドル |
ヘルスケアセレクトセクターSPDRファンド(XLV) | 132.23ドル | 143.42ドル | 120.61ドル |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
米国株式市場では、景気や企業業績の先行きに不透明感が出てきていることから、ディフェンシブセクターに対する注目が高まっています。そこで今回は代表的なディフェンシブセクターであるヘルスケアセクターを取り上げます。
第1節でヘルスケアセクターの米国市場での位置付け、サブセクターと代表銘柄の構成、年初来のパフォーマンスを確認した後、第2節、第3節では特にディフェンシブ性を発揮している「医薬品・バイオテクノロジー」に絞って投資対象を検討します。
米国株式市場で重要な位置を占めるヘルスケアセクター
ヘルスケアセクターは、米国株式市場の時価総額比で14.5%を占め、情報技術セクターの27.1%に次ぐ大きなセクターです。銘柄数ではS&P500指数の500銘柄中、65銘柄を占めて、比率では13.0%に相当します。
日本の東証株価指数に占めるヘルスケアセクターの比率は8.5%で、GICS(グローバル産業分類標準)の10業種中で5番目の大きさです。これと比較すると、米国市場でのヘルスケアセクターがいかに大きいかがお分かりいただけるでしょう。
ヘルスケアセクターの構造
ヘルスケアセクターは大きく、「医薬品・バイオテクロジー」と「ヘルスケア機器・サービス」のサブセクターに分けられます。両サブセクター間では、景気への感応度、サプライチェーン問題の影響度、政府による監督の濃淡といった面で違いがあり、投資対象として性格が異なることも多いようです。
さらに、「医薬品・バイオテクノロジー」は「医薬品」「バイオテクノロジー」「ライフサイエンスツール/サービス」のサブセクターがありますが、「医薬品」と「バイオテクノロジー」の境界はあいまいで、一括りで扱ってもよいでしょう。一方、「ライフサイエンスツール/サービス」は検査機器などが主体で、性格は異なります。
「ヘルスケア機器・サービス」は主に、「ヘルスケアプロバイダ/サービス」と「 ヘルスケア機器・用品」に分かれますが、両者の違いは大きいと言えるでしょう。現在の投資環境下では、後者の部品点数が多い製品については、サプライチェーン問題の影響が懸念されますが、前者ではそのような問題はほとんど影響がないでしょう。
各セクター、サブセクターの時価総額上位3銘柄をあげています(「ヘルスケアテクノロジー」はサーナー1社からなります)。投資対象の検討にお役立ていただければ幸いです。
「医薬品・バイオテクノロジー」の株価堅調が目立つ
図表3でヘルスケアセクターの年初来の株価推移を「医薬品・テクノロジー」と「ヘルスケア機器・サービス」に分けてS&P500指数と比較しています。「医薬品・テクノロジー」の値下がりが小さく、ディフェンシブ性が発揮されていることが分かります。
「ヘルスケア機器・サービス」では、機器を製造する企業ではサプライチェーン問題の影響を受けることや景気への感応度が相対的に高い企業も含まれるためと考えらえます。
そして両者が決定的に違うのは、「医薬品・テクノロジー」ではPERの調整がほとんど必要なかったためと考えられます。年初来の米国市場の調整は、インフレ高進と金利上昇を受けた「PERの調整」が主となってS&P500指数は13%の下落となっています。
一方、「医薬品・バイオテクノロジー」は、2016年から市場全体のPERが上昇した局面でもほとんど上昇しませんでした(図4)。この理由は2016年の大統領選挙以来、政府による薬価引き下げの可能性が気にされてきたこと、さらに、2020年からのパンデミックでは来院パターンが歪んで処方医薬品の売上に不透明感があったためと考えられます。
薬価引き下げについては、昨年8月にバイデン大統領が議会に推進するよう推奨していますが、目立った進展はないようです。大統領候補から薬価引き下げの話が出てから6年が経過しているため、実現はなかなか難しいのではないかとの見方もあるようです。また、パンデミックの影響も低下しつつあることから、PERの調整が遅れて実現する可能性は小さいとみられます。
このため、「医薬品・バイオテクノロジー」は、株式の投資環境が不安定な中で、引き続き物色されやすいとみられます。
図表2 ヘルスケアセクターの構造(S&P500指数に占める比率)
注:5/27(金)時点のデータによります。
※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
図表3 ヘルスケアセクターの年初来パフォーマンス
注:最後のデータは5/27(金)です。
※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
図表4 ヘルスケアセクターの予想PER推移(2016年〜)
注:最後のデータは5/27(金)です。
※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
医薬品・バイオテクノロジーセクターから、有望銘柄を探してみましょう。
(1)利益成長見通しの良好な銘柄を抽出
図表5は、同セクターの時価総額上位銘柄を7銘柄抽出して、2018年からの実績EPSと2022年以降の予想EPSを比較したものです。
2022年の予想値から2024年の予想値にかけての増加率を計算すると、イーライリリィの42.4%、アムジェンの17.7%、メルクの14.9%、ジョンソン&ジョンソンの10.0%などと、増加が見込まれています。これらの4銘柄については、業績拡大が見込まれている銘柄として、次節で取り上げてご紹介いたします。
ファイザーに関しては、新型コロナのワクチン・治療薬の売上が2021年、2022年と急増して利益が大幅に伸びる見通しです。一方、利益は2022年にピークを付けて2023年、2024年と減少する見通しです。
株式市場では新型コロナのワクチンおよび治療薬で得た巨額のキャッシュでどのような企業を買収して、今後の成長につなげるかを注目しています。5/10(火)には偏頭痛治療薬をもつバイオヘブン・ファーマシューティカルズ・ホールディングを116億ドルで買収すると発表して動向が注目されています。
(2)利益見通しが良好な銘柄の株価推移
「医薬品・バイオテクノロジー」セクターの株価パフォーマンスは、第1節で見た通り年初来では若干のマイナスでしたが、利益拡大が予想されている銘柄については、いずれも年初来プラスとなって好調です(図表6)。
トップのメルクが年初来21%、2位のイーライリリィが19%、3位のアムジェンが13%、ジョンソン&ジョンソンが6%のそれぞれ上昇となっています。
図表5 主要医薬品企業の実績・予想EPS推移(単位:ドル)
ジョンソン&ジョンソン | ファイザー | イーライリリィ | アッヴィ | メルク | ブリストルマイヤーズスクイブ | アムジェン | |
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2018年実績 | 6.70 | 2.26 | 4.87 | 7.24 | 4.34 | 4.02 | 12.95 |
2019年実績 | 7.32 | 1.25 | 5.87 | 8.08 | 2.41 | 4.10 | 13.02 |
2020年実績 | 6.76 | 1.78 | 7.58 | 7.72 | 4.45 | 2.31 | 12.51 |
2021年実績 | 8.33 | 4.30 | 7.78 | 9.11 | 6.57 | 3.43 | 12.25 |
2022年予想 | 10.31 | 6.88 | 8.39 | 13.67 | 7.30 | 7.61 | 17.47 |
2023年予想 | 10.76 | 5.29 | 9.51 | 11.67 | 7.34 | 8.14 | 19.05 |
2024年予想 | 11.34 | 4.35 | 11.95 | 11.84 | 8.38 | 8.41 | 20.56 |
22年予想〜24年予想 増加率(%) |
10.0 | -36.9 | 42.4 | -13.4 | 14.9 | 10.5 | 17.7 |
※BloombergデータをもとにデータをもとにSBI証券が作成
図表6 主要医薬品銘柄の年初来株価推移
※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
前節で確認したEPSの拡大見込みが大きい4銘柄の事業内容と業績見通しをご紹介いたします。
メルクは主力薬「キイトルーダ」の拡大が業績拡大の主因で信頼性が高そうです。予想PERも高くないことから、ディフェンシブ性が高いとみられます。
イーライリリィは肥満治療薬の臨床データが良好だったことを受けて株価が高騰しています。業績拡大の期待は主要銘柄の中で最も大きいものの、予想PERは30倍台後半とかなり高くなっていることも否めません。
ジョンソン&ジョンソンは医薬品部門がけん引して安定的な業績拡大が見込まれています。アムジェンは足もとで製品の価格低下圧力を受けているものの、中期的には拡大が見込まれています。
なお、医薬品・バイオテクノロジー企業の分析には高度の専門性が必要になるため、個別企業への投資はハードルが高めです。このためセクター全体に分散して投資したいという向きにはETFがお勧めで、ヘルスケアセレクトセクターSPDRファンド(XLV)などが利用可能です。
メルク(MRK) | 時価総額: 2,354億ドル | ||||
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決算期 | 売上高(億ドル) (前年比) | 純利益(億ドル) (前年比) | EPS(ドル) | ||
22.12予 | 579 | 19% | 185.9 | 11% | 7.30 |
23.12予 | 566 | -2% | 187.0 | 1% | 7.34 |
24.12予 | 591 | 4% | 211.0 | 13% | 8.38 |
株価(5/27): 93.08ドル | 予想PER(22.12期): 12.8倍 | ||||
【主力のがん治療薬「キイトルーダ」が伸びる】 ・世界売上4位の製薬会社です。がん、循環器系疾患、糖尿病、肝炎・感染症の医薬品・ワクチンを手掛けます。がん治療薬の「キイトルーダ」が主力薬で、2021年12月期の売上が171億ドル、売上構成比は35%です。糖尿病治療薬「ジャヌビア/ジャヌメット」、子宮頚がん予防ワクチン「ガーダシル/ガーダシル9」なども売上貢献が大きい製品です。2017年にアニマルヘルスの事業を買収して拡大に注力しています。 ・2022年12月期は主力薬「キイトルーダ」に加えて、新型コロナの経口治療薬「ラゲブリオ」(一般名:モルヌピラビル)も売上拡大に貢献する見通しです。一方、2023年12月期は新型コロナ治療薬は減少して、全体も減収となる見込みです。主力の「キイトルーダ」は、適応拡大が続くことで2022年12月期に201億ドル、2023年12月期に231億ドルと拡大の見通しです。 ・2022年1-3月期の売上は、「キイトルーダ」が前年同期比23%増、「ガーダシル/ガーダシル9」が同59%増と伸びたうえ、「ラゲブリオ」の売上が加わって同50%増と極めて好調でした。業績好調を受けて通期の売上・調整後EPSとも上方修正しています。 |
イーライ リリィ(LLY) | 時価総額: 3,074億ドル | ||||
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決算期 | 売上高(億ドル) (前年比) | 純利益(億ドル) (前年比) | EPS(ドル) | ||
22.12予 | 290 | 3% | 75.8 | 7% | 8.39 |
23.12予 | 303 | 4% | 85.6 | 13% | 9.51 |
24.12予 | 344 | 14% | 107.0 | 25% | 11.95 |
株価(5/27): 323.48ドル | 予想PER(22.12期): 38.6倍 | ||||
【肥満治療薬の開発が注目されている】 ・製薬業界で世界大手の一角。1876年創業で、世界で初めてインスリンの大量生産を実現したことで有名です。研究開発重視で、2021年12月期には売上の25%を投入しています。2021年12月期売の47%を占める糖尿病治療薬、20%を占めるがん治療薬、同12%を占める免疫分野の治療薬が中心です。糖尿病治療薬では「トルリシティ」、がん治療薬では「アムリタ」、免疫分野では乾癬治療薬「トルツ」が主力です。 ・第3相臨床試験以上の開発薬が30種類あり、パイプラインが充実していることから、大手医薬品メーカーの中でも特に高い成長が期待されています。パイプラインの中で注目されているのは、糖尿病薬と肥満治療薬の「チルゼパチド」、アルツハイマー治療薬「ドナネマブ」、皮膚炎治療薬「レブリキズマブ」などです。特に肥満治療薬としての「チルゼパチド」は、被験者の体重が21%減少したとする第3相臨床試験の結果を発表(4/28(木))して、市場の注目が高まっています。 ・2022年12月期は、新型コロナの抗体医薬が約17億ドルの減収要因と見込まれていますが、これをカバーして増収が予想されています。2022年1-3月期は、「トルリシティ」「トルツ」および新型コロナの抗体医薬などが伸びて、売上は前年同期比15%増と好調で、通期の売上見通しを引き上げました。 |
ジョンソン & ジョンソン(JNJ) | 時価総額: 4,765億ドル | ||||
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決算期 | 売上高(億ドル) (前年比) | 純利益(億ドル) (前年比) | EPS(ドル) | ||
22.12予 | 967 | 3% | 270.7 | 22% | 10.31 |
23.12予 | 1,003 | 4% | 284.9 | 5% | 10.76 |
24.12予 | 1,029 | 3% | 297.4 | 4% | 11.34 |
株価(5/27): 181.09ドル | 予想PER(22.12期): 17.6倍 | ||||
【世界最大級のヘルスケア企業】 ・世界最大級のヘルスケア企業。2021年12月期売上の57%を占める医薬品部門は乾癬(かんせん)・クローン病・潰瘍性大腸炎治療薬 の「ステラーラ」やがん治療薬の「イムブルビカ」などが主力製品です。抗菌縫合糸や自動縫合器、カ テーテル、コンタクトレンズの「アキュビュー」などの医療機器部門(売上構成比は28%)、大衆薬や「バンドエイド」の消費者部門(同15%)などからなります。 ・ここ数年は売上が大きかった「レミケード」の特許切れが業績の重しとなりましたが、当面は特許切れによる大きな業績リスクはないとみられています。免疫学の「ステラーラ」「トレムフィア」、腫瘍学の「ダーザレックス」「イムブルビカ」などが売上の 伸びをけん引すると見込まれます。パイプライン(新薬候補)のラインナップも比較的強力であるとみられています。 ・1-3月期決算は、売上が前年同期比5%増、調整後EPSが同3%増と堅調でした。医薬品部門の売上は、「ダーザレック ス」「トレムフィア」などが伸びて前年同期比6%増となりました。医療機器部門の売上が同6%増、消費者部門は同2%減でした。2022年12月期のガイダンスは、売上が前年比6.5〜7.5%増(M&A、為替変動、新型コロナワクチン売上の影響を除くベース)、調整後EPSは10.6〜10.8ドル、前年比8.2〜10.2%増です。なお、新型コロナワクチンの売上予想を取り下げました。 |
アムジェン(AMGN) | 時価総額: 1,364億ドル | ||||
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決算期 | 売上高(億ドル) (前年比) | 純利益(億ドル) (前年比) | EPS(ドル) | ||
22.12予 | 262 | 1% | 94.8 | 35% | 17.47 |
23.12予 | 273 | 4% | 101.5 | 7% | 19.05 |
24.12予 | 286 | 5% | 107.5 | 6% | 20.56 |
株価(5/27): 255.26ドル | 予想PER(22.12期): 14.6倍 | ||||
【バイオテクノロジー大手】 ・1980年創業の遺伝子組換え技術や分子生物学的技術を軸とするバイオテクノロジー企業。循環器疾患、がん、骨疾患、神経疾患、腎疾患、炎症性疾患などの治療薬の研究開発を手掛けます。関節リウマチ治療薬「エンブレル」、骨粗しょう症治療薬「プロリア」、乾癬治療薬「オテズラ」などが主力薬です。 ・2022年12月期は主力薬「エンブレル」減少の影響で売上の伸びは低調となるものの、骨粗しょう症治療薬「プロリア」や最近発売された高コレステロール血症治療薬「レパーサ」、がん治療薬「ルマケラス」などの拡大が期待されています。パイプラインでは、がん治療薬「ルマケラス」(一般名:ソトシラブ)の肺がんや大腸がんへの適応拡大が注目されています。 ・2022年1-3月期は売上が前年同期比6%増、調整後EPSが同15%増と堅調でした。ただ、医薬品の販売数量が前年同期比9%伸びたものの売上は同2%増にとどまり、主力医薬品で価格低下圧力がかかっていることがうかがえます。 |
- ※本ページでご紹介する個別銘柄及び各情報は、投資の勧誘や個別銘柄の売買を推奨するものではありません。