AI半導体王者のエヌビディア(NVDA)の決算発表直前に、半導体業界に大きな影響を及ぼしかねない出来事が2つありました。今回はこの2つの出来事がエヌビディアを筆頭とする半導体株に与える影響を考察し、エヌビディアの業績動向や決算の注目点を確認してみたいと思います。
図表1 主な言及銘柄 (Bloomberg銘柄名)
銘柄 | 株価(5/23) | 52週高値 | 52週安値 |
---|---|---|---|
エヌビディア(NVDA) | 306.88ドル | 318.28ドル | 108.13ドル |
アドバンスト マイクロ デバイシズ(AMD) | 108.12ドル | 109.57ドル | 54.57ドル |
Direxionデイリー半導体株ブル3倍ETF(SOXL) | 16.92ドル | 26.28ドル | 6.21ドル |
Direxionデイリー半導体株ベア3倍ETF(SOXS) | 16.69ドル | 89.59ドル | 15.88ドル |
マイクロン テクノロジー(MU) | 66.01ドル | 75.41ドル | 48.43ドル |
- 注:レバレッジ型・インバース型 ETF等についてはレポートの一番下の注意事項をご確認ください。
※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
エヌビディアの決算発表(5/24)直前に、半導体業界に大きな影響を及ぼしかねない出来事が2つありました。5/21の中国によるマイクロン・テクノロジー(MU)製品の調達禁止と、5/23の日本による半導体製造装置の輸出規制強化です(図表2)。
図表2 足元の主な出来事とそれを受けた株価動向
日付 | 主な出来事 | SOX指数やエヌビディアの株価動向 |
---|---|---|
5/19-5/21 | G7広島サミットが開催された。今回のG7サミットについては、ウォール・ストリート・ジャーナルの社説「G7サミット、中国いじめ対策が最優先」(5/15)が示すように、中国への圧力を強めることが予想されていた。中国に対するハイテク分野の直接投資制限が議題になる可能性があるとも報じられいた。゙ | ハイテク分野では、特に半導体をめぐる各国の対中政策が注目されたが、G7広島サミットの開催期間中はそれに関する手掛かりは特になかった。 フィラデルフィア半導体株指数(SOX指数)は5/18に3.16%高、5/19に0.62%安となった。エヌビディア(NVDA)は5/18に4.97%高、5/19に1.31%安だった。 なお、5/18にDirexionデイリー半導体株ブル3倍ETF(SOXL)からは大規模な資金流出が発生した。資金流出額は同ETFの純資産額の約7%に当たり、1日の流出額としては過去最大となった。原因は不明だが、一部のレバレッジ投資家が資金を引き揚げた可能性がある。 |
5/21 | 中国当局は、国内の主要な情報インフラ運営業者に対し、米マイクロン・テクノロジー製品の購入を中止するよう通達した。同社製品が「重要な情報インフラのサプライチェーンに重大なセキュリティー上のリスク」をもたらし、中国の国家安全保障に影響を及ぼすことが判明したと説明した。 | 5/22の米国市場では、マイクロン・テクノロジー(MU)が2.85%下落、エヌビディア(NVDA)は0.28%下落した。 |
5/23 | 日本の経済産業省は、高性能な半導体製造装置の輸出規制強化に向けて省令を改正し、7/23に施行すると発表。同措置は3/31に明らかになったもので、当時は4/29までのパブリックコメントの募集を経て、7月に施行される予定だと報じられていた。真新しい材料ではないものの、7/23から正式に施行されることとなった。 中国は、日本の措置は「輸出管理措置の”乱用”であり、自由貿易と国際貿易規制に反する」との声明を発表。声明文では「中国は自国の合法的権利と利益を断固として守るための措置を講じる権利を留保する」と述べた。 | 日本の措置について株式市場では、対中国向けの措置として捉えられている。 5/23の日本市場では関連の半導体株が下落し、5/23の米国市場ではSOX指数が1.17%下落、エヌビディアは1.57%下落した。 |
※BloombergデータによりSBI証券が作成
上記2つの出来事は、半導体産業を筆頭とする米中ハイテク戦争の一環と言えます。中国の動きは米国の対中半導体制裁に対する報復措置であり、日本の動きは米国と歩調を合わせたものであるためです。
今回の動きは、米中の半導体戦争が違う次元へ進もうしている象徴的な出来事となりそうです。というのは、中国はこれまで米国への対抗措置して半導体国産化に集中してきました。しかしながら、G7広島サミットで中国への圧力を強めることが鮮明になったことを受け、中国は自国消費市場の大きさを武器に、米国企業(ひいて米国政府)に対して圧力をかけています。半導体産業で重要な位置にある日本の動きは、米中の半導体戦争が米中だけでなく、世界半導体産業に関わる国々を巻き込んでいく可能性が高まったことを示します。
いずれの出来事も半導体産業の分断がこれからさらに進む可能性を示唆しています。これは半導体市況の底打ちと人口知能(AI)がもたらす需要拡大に対する期待で持ち直している半導体株にとって懸念材料となり得ます。今のところ、株式市場の反応は「比較的冷静」と言えます。分断の進み具合や企業業績への影響が現時点では判断しかねる部分も多いためと考えられます。
ただ、年初来高値を更新してきたエヌビディアは足元でやや軟調です。フィラデルフィア半導体株指数(SOX指数)も3月末に付けた年初来高値の近辺で押し戻されました。上記の2つの出来事に加え、米債務上限問題も相場の重石となっています。目先は5/24のエヌビディア決算発表に注目が集まると思いますが、米債務上限問題の動向にも留意する必要があります。
図表3 エヌビディア(NVDA)とSOX指数の推移(2022年12月末=100として指数化)
※BloombergデータによりSBI証券が作成
中国当局が国家安全保障に影響を及ぼすことを理由に、国内の主要な情報インフラ運営業者に対し、米マイクロン・テクノロジー(MU)製品の購入を中止するよう通達したことを受け、マイクロン・テクノロジーの株価は5/22に2.85%下落しました。
マイクロン・テクノロジーは5/22に証券会社主催のカンファレンスで、「中国の決定について評価している最中だ」と説明しました。また、「直接あるいは間接的な販売で中国に本部を置く企業に出荷される同社製品の売上高は、全体の約4分の1を占める。禁止措置でどの部分が影響を受けるか把握しようとしているところだ」としながら、「現時点ではローエンド製品で売上高全体の1桁台前半の割合、ハイエンド製品で売上高全体の1桁台後半の割合で影響を受ける見込みだ」と説明しました。中国の決定で今のところ大打撃とはならないものの、ある程度は業績に悪影響が出る可能性があるようです。
マイクロン・テクノロジーのみならず、米国および世界の半導体企業はグローバル企業として、中国の売上比率が比較的高いです(図表4)。したがって、中国が今後、同様な措置を打ち出す際、関連企業の業績や株価に影響を与える可能性があります。
中国の動向については読みづらい部分もありますが、今回のマイクロン・テクノロジーに対する措置はG7広島サミットで米国が中国への圧力を強めようとしたためと考えると、米国が中国にさらに圧力をかければかけるほど、中国が似たような措置を取る可能性があります。
図表4 SOX指数の主要構成銘柄の中国および米国売上比率
銘柄コード | Bloomberg銘柄名 | 中国本土 | 台湾 | 米国 | 株価騰落率(5/22-/523) |
---|---|---|---|---|---|
NVDA | エヌビディア | 21.4% | 25.9% | 30.7% | -1.8% |
TSM | TSMC(台湾セミコンダクター) | 10.8% | 9.3% | 66.0% | -2.3% |
AVGO | ブロードコム | 35.0% | - | 17.8% | 0.6% |
ASML | ASMLホールディング | 13.8% | 38.2% | 9.4% | -1.8% |
TXN | テキサス・インスツルメンツ | アジア:62.3% | 11.3% | -0.2% | |
AMD | アドバンスト・マイクロ・デバイセズ | 22.1% | 10.0% | 34.1% | 2.2% |
QCOM | クアルコム | 63.6% | - | 3.4% | -2.2% |
INTC | インテル | 27.2% | 13.1% | 26.2% | -1.4% |
AMAT | アプライド・マテリアルズ | 28.1% | 24.3% | 12.0% | -1.9% |
ADI | アナログ・デバイセズ | 21.3% | - | 33.5% | -1.4% |
MU | マイクロン・テクノロジー | 16.2% | 20.1% | 52.1% | -3.2% |
LRCX | ラムリサーチ | 31.4% | 17.0% | 6.7% | -2.6% |
KLAC | KLA | 28.9% | 27.4% | 北米:10.1% | -2.1% |
NXPI | NXPセミコンダクターズ | 35.6% | - | 9.7% | 0.1% |
MCHP | マイクロチップ・テクノロジー | アジア:53.2% | 25.7% | -0.3% |
注:売上比率は5/23時点で各社の前期のデータです。
※BloombergデータによりSBI証券が作成
なお、エヌビディアのジェンスン・フアンCEOは、フィナンシャル・タイムズの取材に応じた際、「米国のハイテク業界は米中の半導体バトルから”多大な損害”を被る危険にさらされている」との認識を示しました。「中国の半導体製造を遅らせるための米国の対中輸出規制は、エヌビディアを”両手を後ろで縛られた”状態にしており、中国企業はエヌビディアに対抗できるような独自の半導体を製造し始めている」とコメントしました。また、「中国は米国ハイテク産業市場の約3分の1を占めており、これに取って代わることは不可能だ」とも述べました。
総合的にみると、半導体分野で米中対立が激化すれば、世界半導体企業の業績や株価に影響を与える可能性があり、米中の動向には留意が必要です。
他方、図表4の5/22-5/23の株価騰落率を確認してみると、半導体企業が総じて冴えないなか、アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)は上昇しました。マイクロソフト(MSFT)が同社の人工知能(AI)プロセッサー分野への進出に協力していると報じられてから、同社の株価は堅調に推移しています。アドバンスト・マイクロ・デバイセズが短期的に、この分野で支配的な立場になるエヌビ ディアに対抗することは難しいと思いますが、生成AIの普及は中長期的に同社にとっても事業拡大につながる可能性があるためです。
実際、半導体株を筆頭とする米国のハイテクが年初から堅調なのは、底堅い業績や米利上げ停止期待もさることながら、生成AIブームへの期待による部分も大きいです。ただ、足元では米金利水準の高止まりの可能性や、地銀破綻と米債務上限問題がもたらし得る米国景気への影響を懸念し、株高の持続性について疑問視する声も聞こえ始めています。
現段階では不確実性も多いため、やや警戒が必要な時期かもしれません。当面は、差し迫っている米債務上限問題の動向や、6/13-6/14に開催する米連邦公開市場委員会(FOMC)、およびその前に発表される主要経済指標を確認しながら状況を判断する必要がありそうです。エヌビディアを筆頭とする半導体株については、5/24のエヌビディアの決算が注目されます。
エヌビディア(NVDA)の業績動向を確認してみると、23.1期2Q(2022年5-7月期)以降は調整後EPS(1株当たり利益)が持ち直しています。今年2月に発表した23.1期4Qの業績は売上高も持ち直し、その回復ペースは市場予想を上回りました。
ブルームバーグが集計した市場予想に戻づくと、エヌビディアの業績回復は今後続く見通しです。5/24に発表される24.1期1Qの業績では、主力のデータセンターとゲーム部門の売上高がともに前四半期比で回復が予想されます。
図表5 エヌビディア(NVDA)の部門別売上高と調整EPSの推移(四半期ベース)
※Bloombergおよび各種資料によりSBI証券が作成
5/24の決算発表では、まず主力事業のデータセンター(AI関連の売上高はこの部門に計上される)とゲーム部門の売上高が市場予想通りに、回復が続いたかどうかが注目されます。次に会社側が示す2Qのガイダンスや経営陣のコメント(特にAI関連)により注意する必要があります。なぜならば、エヌビディアの株高は今後の業績回復とAI関連業務がもたらす業績拡大に対する期待が支えになっているためです。
2月の決算発表時に経営陣は、市場予想を上回るガイダンスと、AI関連業務については強気な見通しを示しました。今回も同様な見通しが示せされれば、エヌビディアの株価は一段高を試す展開となりそうです。一方、市場予想に届かなかった場合は利益確定売りを誘発する可能性があり、注意が必要です。特にエヌビディアの株価が市場最高値に近づきつつあることや、株価バリュエーション、たとえば予想PER(株価収益率)が2月の決算発表時より高くなっている点(図表6)を考えると、市場の期待値も2月の決算発表時より高くなっている可能性があります。
なお、エヌビディアの決算速報については、SBI証券の「米国株決算速報」でご確認いただけます。決算発表後(通常は速報の翌週)は、エヌビディアのOne Pagerも更新される予定ですので、「米国株式One Pager」も合わせてご確認いただければと思います。
図表6 エヌビディア(NVDA)の株価と予想PER、業績の推移
※BloombergデータによりSBI証券が作成