今回はここ数ヵ月で上場来高値の更新が続いている銘柄からイーライリリィをご紹介いたします。新型の糖尿病治療薬を投入したことで売上の拡大が期待され、同じ薬が効果の高い肥満治療薬としても承認される期待があります。さらにアルツハイマー病治療薬も将来的に重要な薬となる可能性があることが株価上昇の背景となっています。
図表1 言及した銘柄
銘柄 | 株価(5/30) | 52週高値 | 52週安値 |
---|---|---|---|
イーライ リリィ(LLY) | 427.24ドル | 454.95ドル | 283.11ドル |
ノボノルディスク ADR(NVO) | 159.81ドル | 172.97ドル | 95.02ドル |
バイオジェン(BIIB) | 298.69ドル | 319.74ドル | 188.54ドル |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
5月16日付け「アメリカNOW!今週の5銘柄〜上場来高値更新銘柄、イーライリリィ、メルク、ペプシコ、マクドナルド、リンデ〜」では、最近上場来高値を更新した銘柄をご紹介しましたが、今回はその中からイーライリリィを取り上げます。
〇上場来高値を更新しつつある株価
S&P500指数は2022年1月4日に付けた高値から約13%下にありますが、個別では主要銘柄にも上場来高値を更新しつつある銘柄があり、イーライリリィもその1つです。
同社の今年の株価をチェックすると2月までは不振でした(図表2)。2月2日に発表の10-12月期決算は、新型コロナ向け抗体薬の反動減を含むとは言え、前年同期比減収減益で見た目が悪く、また、昨年末にかけて肥満治療薬に対する市場の期待が高まった反動が要因とみられます。
しかし、押し目買いが入って3月から株価は出直り、その後新薬開発に関するポジティブなニュースフローに加え、4月27日に発表の1-3月期決算も好意的に捉えられて、一気に上場来高値更新に進みました。
〇今期の業績見通し
図表3の業績表の通り、前期の業績は幅広い医薬品価格の値下がりやがん治療薬「アリムタ」の特許切れの影響などで低調でしたが、今期は増収増益に転じる見通しです。昨年投入した新型の糖尿病治療薬「マンジャロ」や乳がん治療薬の「ベージニオ」などが増収をけん引する見通しです。
1-3月期決算は売上が前年同期比11%減、調整後EPSは同38%減と不振ですが、新型コロナの抗体薬を除くベースでは売上は同10%増とコアのビジネスは堅調でした。1-3月期の業績を踏まえて通期の調整後EPSガイダンスを8.65〜8.85ドルへ0.30ドル引き上げています。
〇中期的な業績見通し
今期、来期と糖尿病治療薬「マンジャロ」が売上拡大をけん引する見通しです。その後は、今年中の承認が見込まれている肥満治療薬「チルゼパチド」(物質としては「マンジャロ」と同じ)の拡大が期待されます。さらに現在開発中のアルツハイマー病治療薬も将来的に重要な製品となる可能性があります。
同社は第3相臨床試験以上の開発薬が30種類あってパイプラインが充実していることから、大手医薬品メーカーの中でも特に高い成長が期待されています。上記以外では、皮膚炎治療薬「レブリキズマブ」が重要とみられています。
高い成長が期待されているだけあって今期予想EPSを基準とする予想PERは49.3倍と高く、ネガティブなニュースには注意が必要な水準です。ただ、中期的な成長は固いとみられるため、押し目では買いを検討してよいと思われます。
〇イーライリリィの会社概要
製薬業界で世界大手の一角。1876年創業で、世界で初めてインスリンの大量生産を実現したことで有名です。研究開発重視で、売上の25%程度を投入しています。
2022年12月期売上の51%を占める糖尿病治療薬、20%を占めるがん治療薬、同12%を占める免疫分野の治療薬が中心で、糖尿病治療薬では「トルリシティ」、がん治療薬では「ベージニオ」、免疫分野では乾癬治療薬「トルツ」が主力です。
図表2 イーライリリィの株価チャート(週足3年、移動平均線は50週と100週)
※当社WEBサイトを通じてSBI証券が作成
図表3 イーライリリィの業績見通し(コンセンサス予想)
決算期 | 売上高 (億ドル) |
前年比 | 純利益 (億ドル) |
前年比 | EPS (ドル) |
---|---|---|---|---|---|
21.12 | 283 | 15% | 70.9 | 3% | 7.78 |
22.12 | 285 | 1% | 68.5 | -3% | 7.57 |
23.12予 | 313 | 10% | 78.4 | 14% | 8.66 |
24.12予 | 374 | 19% | 109.2 | 39% | 12.10 |
25.12予 | 446 | 19% | 147.0 | 35% | 16.42 |
※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
図表4 売上増のけん引が期待されている主力薬(コンセンサス予想、億ドル)
薬の機能 | 医薬品名 | 2022年 | 2023年 予想 |
2024年 予想 |
2025年 予想 |
---|---|---|---|---|---|
糖尿病治療薬 | マンジャロ(一般名:チルゼパチド) | 4.8 | 35.9 | 65.2 | 694.4 |
ジャディアンス | 20.7 | 27.2 | 32.5 | 37.3 | |
がん治療薬 | ベージニオ | 24.8 | 36.5 | 47.2 | 56.6 |
乾癬治療薬 | トルツ | 24.8 | 27.1 | 29.7 | 31.5 |
開発中の薬 | |||||
肥満治療薬 | チルゼパチド(一般名) | 3.6 | 20.2 | 49.6 | |
アルツハイマー治療薬 | ドナネマブ(一般名) | 1.2 | 7.8 | 20.8 |
※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
肥満治療薬に関しては、2022年12月14日付外国株式特集レポート「需要“爆発”前夜!?肥満治療薬市場」で詳しくご報告しました。
〇同レポートのポイント
同レポートでご報告したポイントは、以下の通りです。
1)新型の糖尿病治療薬に使われている「GLP-1受容体作動薬」は肥満治療にも高い効果をもつことが証明され、糖尿病治療薬に強いデンマークのノボノルディスクと米国のイーライリリィがこの分野で先行している。
2)効果が高い肥満治療薬が開発された場合の市場規模は非常に大きくなる可能性がある(図表5)。モルガンスタンレーのアナリストからは2030年に500億ドルになるとの予想もでている。ただし、市場規模は健康保険が適用される範囲に依存するため、会社は肥満抑制による社会的コストの低減を訴えて、保険適用の拡大を図っている。
3)イーライリリィは2022年に投入したGLP-1受容体作動薬の「マンジャロ」(一般名はチルゼパチド)を肥満治療薬として開発中。2022年4月には被験者の体重減少が約21%となる臨床試験結果を発表し、ノボノルディスクの肥満治療薬「ウェゴビー」の15%を上回って有望視されている。
〇その後の動き
このレポート後の動きとして、イーライリリィは4月27日に「チルゼパチド」の2回目の第3相臨床試験(「Surmount-2」)の結果を発表しました。
「チルゼパチド」を10r投与したグループは13.4%、15r投与のグループは平均で15.7%の体重減少でした。15r投与グループについて、5%以上体重が減少した比率は86.4%、15%以上体重が減少した比率は51.8%と半数以上が大きな体重減少を記録しています。
一方、副作用で投与を中断した比率は10rのグループで3.8%、15rのグループで7.4%、プラセボのグループで3.8%でした。15r投与した場合の体重減少は、1回目の結果を下回りましたが、それでも全体としては順調な試験結果と評価されています。
3回目(「Surmount-3」)、4回目(「Surmount」)の臨床試験の結果が2023年半ばにも発表予定です。チルゼパチド」は2022年10月にFDA(米食品医薬品局)の優先審査の承認を受け、肥満治療薬として2023年内にもFDAによる承認が得られる可能性があり、年後半に向けて注目が高まりそうです。
図表5 肥満治療薬のポテンシャル
※ノボノルディスクの会社説明資料(2022年3月3日)をもとにSBI証券が作成
イーライリリィは将来的に重要となる可能性のある薬として、アルツハイマー病の治療薬「ドナネマブ」を開発中です。
〇アルツハイマー病とは
アルツハイマー病は進行性の脳疾患で、多くは65歳前後で発症し、徐々に記憶障害、人格変化、精神障害などをきたし、最終的には死に至ります。認知症のなかでもっとも多いのがアルツハイマー病によるものです。
米国では現在、65歳以上の人々のうち約650万人がアルツハイマー病であると推定されており、米非営利団体アルツハイマー病協会は、2050年には1270万人に達すると予想しています。
現時点では、一部の症状に対処する薬はあっても、アルツハイマー病を完治させる薬はありません。アルツハイマー病は不可逆的な進行性の脳疾患のため、軽度のうちに病気の進行を遅らせて、自立した日常生活を送れる期間を延ばす治療が切望されています。
これに対応するため、病気の原因と考えられている異常なたんぱく質「アミロイド β」を脳内から除去することで、病気の進行を遅らせることができる治療薬が、エーザイ/アムジェンとイーライリリィで開発されています。
〇エーザイとバイオジェンの「レカネマブ」
「レカネマブ」はエーザイとバイオジェンが共同開発したアルツハイマー治療薬です。認知機能の低下を遅らせる効果があることが初めて治験で示された薬で、2023年1月にFDAが「迅速承認」(accelerated approval)しました。
2022年9月に発表された第3相臨床試験では、臨床症状の悪化を27%抑制する効果がみられました。米国での商品名は「レケンビ」(Leqembi)です。
ただし、迅速承認では薬の発売後にも有効性・安全性の再確認が必要なことから、患者のアクセスが抑えられることが多くなります。現在のコンセンサス予想で「レケンビ」の売上は、2024年2.7億ドル、2025年5.7億ドル、2026年14.9億ドル、2027年21.9億ドルと見込まれており、業績に大きく貢献してくるのは2026年以降と予想されています。
〇イーライリリィの「ドナネマブ」
「ドナネマブ」はイーライリリィが開発中のアルツハイマー病治療薬です。5月3日にアナリスト向けの説明会で臨床試験で病気の進行を遅らせる効果を確認したと発表しました。認知機能の低下を抑える効果は35%と、「レカネマブ」の27%を上回っていることから有望視されています。2023年6月末までにFDAへ承認申請する予定で、日本でも年内に申請する方針です。
ただし、「レカネマブ」「ドナネマブ」とも、ARIA-E(脳の膨張)、ARIA-H(ARIAによる脳微小出血)などの副作用が出現しますが、副作用の評価では、「ドナネマブ」は「レカネマブ」に劣っているとみられています。
総合的に「レカネマブ」を超える評価となるかは、詳細なデータの公表や今後の試験結果の分析を待たないといけないようです。