アップル(AAPL)が足元で中国リスクで下落している一方、テスラ(TSLA)はAI期待で上昇しました。今回はその背景の詳細を確認したうえで、今後の見通しについて考察してみたいと思います。
図表1 主な言及銘柄 (Bloomberg銘柄名)
銘柄 | 株価(9/12) | 52週高値 | 52週安値 |
---|---|---|---|
エヌビディア(NVDA) | 448.70米ドル | 502.66米ドル | 108.13米ドル |
テスラ(TSLA) | 267.48米ドル | 313.80米ドル | 101.81米ドル |
アップル(AAPL) | 176.30米ドル | 198.23米ドル | 124.17米ドル |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
アップル(AAPL)の株価が9/6と9/7の2日間で6.4%も下落し、市場で注目を集めています。年初から株高が続いたアップルにとって今回の大幅下落は、8/3の決算発表直後に次いで今年2回目となります(図表2)。
図表2 アップル(AAPL)の株価と出来高の推移(年初来)
※Bloombergおよび各種資料によりSBI証券が作成
8/3に発表されたアップルの2023年9月期3Q(4-6月期)決算は売上高が前年同期比1.4%減となり、市場予想をやや上回りましたが、3四半期連続の減収となりました。特にiPhoneの売上高が同2.4%減になったことが嫌気され、アップルの株価は決算発表後、下落しました。国・地域別のiPhone販売動向について経営陣は、米国では低迷に見舞われているものの、中国をはじめとする新興国市場は好調だったと説明しました。
iPhoneは、製品・サービス別売上高構成比でアップルの売上高の半分以上を占め(図表3の左側)、iPhoneの国・地域別販売台数では米国と中国が2つの大きな市場(図表3の右側)になっています。したがって、この2つの市場におけるiPhone販売の動向はアップルの業績にとって重要です。特に米国のスマートフォン市場がここ数四半期落ち込んだことからすると、アップルにとって中国市場はより大事になってきます。
図表3 アップルの部門別売上高構成比とiPhoneの国・地域別販売台数比率
※Bloombergおよび各種資料によりSBI証券が作成
その中国でiPhone販売の先行き懸念が浮上し、「中国リスク」が改めて意識されたことで、アップルの株価は9/6-9/7に大きく下落しました。
なお、アップルが9/12に下落した要因は、この日に発表された「iPhone15」シリーズを含む新製品が目新しさを欠いたほか、新製品発表にともなう「事実で売り」による側面も強いです。過去の経験からしても、アップルの新製品発表の日は株価が下落するケースが多いです。
「事実で売り」の後は、新型iPhoneの販売が好調ならアップルの株価は再び上昇する可能性があり、逆なら下落するかもしれません。したがって、今後の株価動向については、「iPhone15」シリーズの販売動向、特にiPhoneにとって2番目に大きい市場でありかつこれまで販売が堅調だった中国市場での販売動向に注目する必要がありそうです。
したがって、今回改めて浮上してきた中国リスクがiPhone販売に与えうる影響について、確認しておく必要があります。まず、2つの中国リスクについて詳細を確認してみたいと思います。
1つ目の中国リスク:中国当局による”iPhone使用禁止”の可能性
1つ目の中国リスクが意識されたきっかけは、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が9/6に「中国、政府職員のiPhone業務使用を禁止」と報じたためです。同記事によると、「中国は中央政府機関の職員に対し、米アップルの”iPhone”やその他の海外ブランドのデバイスを業務で使用したり、職場に持ち込んだりしないよう命じた。」そうです。
その後、Bloombergは「中国、iPhone使用禁止を国有企業や政府部門に拡大目指す−関係者」と題する記事で、「中国当局は米アップルのスマートフォン”iPhone”を巡り、機微な内容を扱う部門を対象としている使用禁止を拡大し、政府系機関や国有企業にも適用することを計画している。」と報じました。
筆者はこれらの記事の内容について中国本土の知人に聞いたところ、同氏は「政府機関でのiPhone使用禁止はとっくに”不文律”になっている。特に上層部、あるいは出世志向の高い人はiPhoneを使っていないと思う。」とコメントしました。
事実なら、iPhoneを使用していない政府職員は既に一定数いる可能性が高く、”使用禁止”措置が政府機関にとどまるなら、これからのiPhone販売に対する影響は限定的かもしれません。他方、Bloomberg記事にあるような”使用禁止の拡大”の可能性については、現時点では不透明感も多いです。
今回の件について中国現地の報道を確認してみたところ、現時点(9/12時点)ではWSJの記事を引用しているものが多いです。ただ、ネットでは政府機関や国有企業に勤務している人が「iPhone使用禁止」の通知を受けたとの書き込みがいくつありました。他方、書き込みの数は今のところそう多くなく、”広がっている”印象も見受けられませんでした。
総合的にみると、現時点で言えることは、「iPhone使用禁止」は機微な内容を扱う政府部門ではすでに”不文律”になっており、今後国有企業に広がる可能性はあるようです。ただ、機微な内容を扱う国有企業にとどまるか、あるいはさらに範囲が拡大するかどうかは不透明な状況です。
アップルが中国で莫大な雇用創出に貢献していることからすると、「iPhone使用禁止」が大規模に広がる可能性はそう高くないと思われます。他方、もしアップルが中国からの生産移転を加速させた場合は、「iPhone使用禁止」の範囲はやや広がる可能性も否定できないかもしれません。
2つ目の中国リスク:かつての強力なライバルであるファーウェイが復活
米国の制裁を受ける前、ファーウェイ(華為技術、未上場)はハイエンドスマホ市場でアップルに挑戦できるほど成長していました。しかし、2020年に米商務省が米国技術が関わる半導体や設計ソフトのファーウェイへの輸出禁止を強化してから、ファーウェイはハイエンドスマホ市場からの撤退を余儀なくされました。
しかし、今年8月末に、ちょうどアップルが新型iPhoneを発表する2週間前に、ファーウェイはハイエンドスマホの「Mate 60 Pro」の発売を開始しました。Bloomberg記事によると、「Mate 60 Pro」の分解・分析を実施したTechInsightsのテクニカルフェローは、「SKハイニックスのLRDDR5とNAND型フラッシュメモリーを除きほぼ「中国製」の部品ラインアップで、テクノロジーの禁輸措置という逆境にもかかわらず、ファーウェイは不可能なことを達成したように見える」と指摘しました。つまり、「Mate 60 Pro」は米国の制裁にもかかわらず、ファーウェイがハイエンドスマホ市場へ復活したことを示します。
「Mate 60 Pro」の滑り出しは好調のようです。中国の上海や北京、深センなどのファーウェイ直営店では行列ができるほどの盛況ぶりで、EC通販サイトでは販売開始から1分間で売り切れたと報じられています。かつての新型iPhoneの発売時にみられた光景です。中国の有力証券紙・証券日報(9/12)によると、「Mate 60 Pro」の好調ぶりはファーウェイ自社の予想を超えており、ファーウェイは今年下期のスマートフォン出荷台数目標を従来より20%引き上げました。
なお、「Mate 60 Pro」はAndroid対応のスマートフォンであるため、アップルのiPhoneからの乗り換え需要よりもAndroidスマートフォンからのグレードアップ需要のほうがより高いと考えられます。他方、米中対立の中でファーウェイが復活し、中国当局が一部でとはいえ「iPhone使用禁止」を実施するなら、ナショナリズムの高まりによりiPhoneから「Mate 60 Pro」へ乗り換える動きも出てくるかもしれません。
したがって、ファーウェイの復活によりiPhone販売がある程度影響を受ける可能性はあると考えられます。ただ、中国でもiPhoneの人気が根強い点を考えれば、中国当局が「iPhone使用禁止」の範囲を大きく広げない限り、最終的な影響は限定的かもしれません。
その影響度合いは今後の販売動向をもって確認する必要がありますが、もしiPhone販売が鈍化した場合の株価への影響については、過去の経験が参考になるかもしれません。
図表4 アップルの株価と予想PER、および業績の推移(2018年以降)
※Bloombergおよび各種資料によりSBI証券が作成
たとえば(図4)、2018年に米中貿易摩擦が勃発し、その後中国経済(および世界経済)が鈍化し、中国ではナショナリズムも高まったことを受け、iPhoneの販売は鈍化しました。当時はアップルの売上高全体に占めるiPhoneの比率が今以上に高かったこともあり、アップルは2四半期連続で業績が悪化しました。それを受け、アップルの株価は予想PER15倍から10倍をやや下回る水準まで押し下げられました。
当時と比べてアップルの業績はiPhone頼みから幾分脱却しており、iPhone販売が鈍化した際の業績への影響は当時ほど大きくないと想定されます。ただ、iPhoneの売上高比率は依然として全体の半分以上を占めているため、販売が大きく鈍化した場合は警戒が必要です。
また、足元の株価水準を確認してみると、アップルの予想PERはパンデミック後のレンジ(およそ20-33倍)の上限に近い水準にあります。つまり、割安よりも割高感が意識されやすい状況にあり、悪材料に対する許容度はやや低いかもしれません。
総合的みると、短期的にはやや慎重姿勢を取りながらiPhoneの販売や中国の動向に留意する必要がありそうです。中長期的にみた場合は一時的な業績悪化にとどまるのであれば、業績回復とともに株価も持ち直す可能性もあり、予想PERに割高感よりも割安感が出たタイミングは買いチャンスとなるかもしれません。
テスラ(TSLA)の株価が9/11に10%強上昇しました。米大手証券会社のモルガン・スタンレーがテスラの自動運転をめぐるAIスパコンを高く評価し、投資判断と目標株価を引き上げたためです。
図表5 テスラ(TSLA)の株価と出来高の推移(年初来)
※BloombergデータによりSBI証券が作成
Bloomberg記事によると、モルガン・スタンレーのアナリストチームは「テスラが過去5年間で取り組んできた顧客向けスーパーコンピュータ「Dojo」(※)によって、テスラは固定価格での自動車販売にとどまらない新たな市場開拓が可能になる。「Dojo」をみればみるほど、(テスラの)株価が過小評価されている可能性に気づいた」とコメントしています。(※「Dojo」は自動運転車向けAIモデル訓練スーパーコンピュータです。)
それを受け、テスラの株価が1日で10%を超える上昇となったことからすると、大手証券会社の影響力もさることながら投資家のAIに対する期待の高さも伺えます。というのは、これまではテスラはAI関連銘柄として認識されてきたものの、その度合いや今後の業績押し上げ効果については議論もありました。しかしながら、大手証券会社がテスラのAIスパコンを高く評価し、それに基づいて目標株価を大幅に引き上げたことで、投資家の自信につながったもようです。
振り返ってみると、生成AIの「ChatGPT」が昨年末から人気を博したお陰で、今年の相場はAIブームとなりました。そのAIブームの代表格となったAI半導体大手エヌビディア(NVDA)のジェンスン・フアンCEOは、今年2月に「ChatGPTはAIの”iPhoneモーメント”だ」とコメントしました。
「iPhoneモーメント」は、いわばiPhoneの登場によってiPhoneだけでなくスマートフォンの普及でモバイルインターネットが急速に浸透したことを指します。株式市場では、大きな成長の可能性をもたらす新製品が登場する瞬間として捉えられているため、「iPhoneモーメント」の到来によって今後その市場が大きく伸びることを示唆します。
iPhoneが初めて発売されたのが2007年であり、それ以降、アップルの株価は一時的に調整しながらも長期的には上昇トレンドを維持してきました。ただ、iPhone登場から十数年たって今ではスマートフォン市場はある程度飽和状態にあり、ハイエンド化もいずれ限界が近づいてくる可能性があると考えられます。その意味でいうと、足元でアップルがiPhone販売の鈍化懸念で調整し、テスラはAI期待で買われたことは、興味深いと言えます。
間もなく上場する予定の半導体設計大手のアーム(ARM)も、スマートフォン市場よりもAI関連市場の成長を見込んでいるようです。ロイター通信は9/8に、「アームはIPO(新規株式公開)説明会で、10%のシェアしか持たないクラウド・コンピューティング市場はシェア拡大の余地があり、AIの進歩もあり、2025年まで年率17%の成長が見込まれると予想した。一方、モバイル市場はわずか6%の成長しか見込まれていない。」と報じました(「英アーム、NYでIPO説明会 クラウドやロイヤルティの成長見込む」)。
もし、エヌビディアのジェンスン・フアンCEOが言ったように、ChatGPTがAIの”iPhoneモーメント”だとしたら、今後、中長期的にはAIとの関連度が高い企業のほうが業績の伸びがより高くなる可能性があり、株価のパフォーマンスもそうでない銘柄より期待できるかもしれません。
短期的にはAIブームの代表格であるエヌビディアの株価にも若干息切れ感が出てきた(※)ため、警戒が必要ですが、中長期的には引き続き、AI関連銘柄は注目に値すると考えます。(※8/30付レポート「【米テック株ウォッチャー】エヌビディアの”ダメなところ”、ビンファストの”良いところ”」を合わせてご参照願います。)
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